第八回 7
後世、この宝玉の「幻」と「現」の境を示すものとして次のような詩が作られた。多少の嘲りを含んでいるもののかの宝玉の一端を表していると言えよう。
女媧、石を煉ること已に荒唐なり、又た荒唐に向ひて大荒を演ず。
幽霊の真境界を失ひ、幻来たりて親ら臭皮囊に就く。
よく知る、運敗すれば金彩無く、堪へて嘆く、時乖けば玉光あらず。
白骨山のごとく姓氏を忘るるも、無非公子と紅妝とのみ。
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女媧が石を鍛えた荒唐さ
紅塵でいっそう大荒に
幽なる真の魂も
幻呼びて臭き皮囊に取り縋る。
運が尽きれば知れたこと
金は彩なく、嘆くのみ
時を失い玉の光消ゆ
無名の白骨山積みに
公子、紅妝なれの果て
賈宝玉の幻の姿であるその頑石はかの僧が刻み込んだ篆書を記していた。
宝釵はその刻まれている文字の小ささに、何度も目を細めなければならなかった。爾来、宝釵は「小さな赤子にこんな玉を咥えることができるはずない」と疑念を抱いていたが、こうして掌に載せてみると、その手触り、その華美さ、この世のものとは思えないほどの心地よい感触にこの玉の霊験は本物かもしれないと思い始めていた。
その正面には、
通霊宝玉
註に云ふ
失う莫かれ、忘る莫かれ
仙寿恒に昌んならん
と書かれてあり、その裏側には、
註に云ふ
一に邪祟を除き
二に冤疾を療し
三に禍福を知る
と書かれてあった。
宝釵は通霊宝玉を何度もひっくり返しながら眺めていたあげく、口の中でこう唱えた。
「失う莫かれ、忘る莫かれ、仙寿恒に昌んならん」
二度繰り返したあと、宝玉に映りこんだ鶯児に気づいて笑った。
「あなたお茶を持ってくるんじゃなかったの? ずいぶんぼんやりしているじゃない」
鶯児ははしゃぐように笑いながら言った。
「だってお聞きした二句が姑娘の首飾りに刻まれている二句とすっかり対をなしているように思ったんですもの!」