第八回 6
宝玉は宝釵を見やりながら尋ねた。
「姐姐、すっかり良くなられたようですね」
宝釵は頭上から声が降ってきたのに気づき、それが宝玉であるのを知ると、慌てて身を起こし、微笑みをたたえながら答えた。
「ええ、もう大丈夫。ご心配いただいたのが申し訳ないくらい」
宝釵は微笑みを返す宝玉に、
「少しゆっくりされていってください。さあ、ここにお座りになって」
といいながら炕の縁に座るようすすめた。
「鶯児。宝玉さまにお茶のご用意を」
そう自らの丫鬟に命じて、宝玉がすっかり座ってしまったのを見届けると、
「賈母や太太はお元気?」
と聞いた。宝玉がうなずくと、その拍子に美しい絹糸で織られた紫金冠に散りばめられた宝石が煌めく。
「ええ、今日も寧府へ一緒にお芝居にうかがってきました。賈母もとても楽しまれておいでで」
「それは良かったわ。他に誰かご一緒されたの?」
「姉妹たちが数人、一緒に……」
宝玉がうつむくと、二龍搶珠の金の抹額が翳った。
「あら、姉妹の方々と。皆さまつつがなく過ごされておられるかしら。最近お会いしなかったものだから」
「ええ。ただ今日は寒くなってきているから、みんな凍えて縮こまっているかもしれませんけどね」
「まぁ」
宝釵は笑いながら、宝玉が羽織っている秋香色の立蟒に白狐腋の箭袖、腰の五色の蝴蝶が舞い、小さな鈴のついている飾り紐と見下ろしていく。そして最後に、首の長命鎖と記銘符、生まれたときに咥えていたといわれ、彼の名の由来ともなっている「宝玉」に目を留めた。
「いつもあなたの宝玉のことばかりお聞きしていたけれど、そういえばきちんと拝見したことはありませんでした。今日こそきちんと見せてもらわないと」
そう言って、宝玉へそのたおやかな身を寄せてきた。宝玉も宝釵へ近づき、首から玉を外し、宝釵の掌に載せた。
宝釵は掌の上でじっくり眺めた。雀の卵ほどのそれは、朝焼けの雲のように朱く輝き、酥のように艶めき、五色の花の文様が護るようにその面に纏っているように見えた。
だが、この宝玉こそがあの大荒山の青埂峰のもとにあったあの頑石の「幻」の姿であることを彼女は知らない。
立蟒……龍が立ち昇る図柄の服。
白狐腋……白い狐の腋毛
長命鎖と記銘符……ともに長命を願う装飾。