第八回 5
宝玉が梨香院へやってきて、薛のおばさまの室に入ると、薛のおばさまが丫鬟たちに針仕事の指示を出し、役割を割り振っているところだった。
宝玉が慌ててご機嫌をうかがうと、薛のおばさまは宝玉をさっと引き寄せ、胸に抱きしめながら言った。
「まあ、こんな寒い日によくぞ思い出してきてくれたこと! おちびちゃん。さあ、早く炕にお座り」
そう言うと、丫鬟に温かいお茶を持ってくるよう命じた。
宝玉がお茶を飲みながら、
「哥哥はいらっしゃらないのですか?」
と聞くと、薛のおばさまは深くため息をつきながら、
「聞いておくれ。薛蟠ときたらまるで紐のついていない馬のように、日がな走り回ってばかり。一日だって家にじっとしているときはないんだよ!」
宝玉は苦笑しつつ、
「姐姐はお元気にされていますか?」
と聞いた。薛のおばさまは身を乗り出しながら、
「そうそう、ついこの前もわざわざ人をお見舞いに寄こしてくれたね。あの子は奥にいないかしら? ちょっと見てきなさい。あっちの方がここよりもずっと暖かいわよ。そこに座っていたら、私も片づけを済ませてそちらに行くから」
と言った。
宝玉はそれを聞くとさっそく炕を下りて、奥の間の入り口まで行った。そこにはやや古びた紅絹の柔らかい帳がかかっていた。宝玉はそれをめくって一歩なかに踏み入った。
目に入ったのは炕の上に座って裁縫をしている薛宝釵の姿だった。
漆黒の髪はつやつやと鬢児に結い、蜜合色の綿の襖、濃淡を玫瑰紫の地を金銀二色で縫い取った袖無し、葱黄色の綾で織られた棉の裙を身に着けていたが、その色調は整い、着慣れてはいても、ほつれの一つもなく、華やかさも適度に抑えられていた。
唇は紅をささずとも紅く、眉は描かずとも翠く、その顔は銀の盆のように凛と整い、眼は熟れかけの水杏のように潤んでいた。
宝釵は宝玉が入ってきたのにも気づかず、湖面の水のように静かに、一糸の乱れもなく、裁縫を続けていた。
宝玉は宝釵がめったに口を開かず、口数が少ないために「愚かさを隠している」とあげつらわれた際、ただにっこりと笑って、「ええ。そのとおりです。私は愚かなので、分をわきまえ、時に従うよりありません。拙さを守るのが精一杯ですわ」と言ったのを思い出していた。
鬢児……古代中国の女性の髪型の一種。頭の後ろや側頭部で髪を団子状に巻いて結い上げるスタイルで、特に日常生活や非正式な場面で広く用いられた。