第八回 1
李ばあやは今でもときおり夢を見る。喪ってしまった二番目の子の夢だ。
生まれ落ちてすぐに死んでしまった我が子。目を開ける前に息を引き取ってしまった我が子。
紅塵ではよくあることだ。愛息を喪った李ばあやは何度もそう自分を納得させようとした。だが、その乳房を吸う子がいなくなった後でも、自らの乳首から滲みだす白いものはとどまってくれなかった。
我が子のことを何度も忘れようとした。だが、寝ても覚めても思い出してしまう。つわりでもないのに吐き気が止まらない。李ばあやは鬱鬱としたまま昼と夜の別のない、無味乾燥な日々を過ごした。
そんな折、栄府の太太、王夫人から新しく生まれた子の乳母になってくれないかと頼まれる。王夫人は跡継ぎの賈珠の面倒をみるのに手いっぱいで、次子にまで手が回らないらしい。李ばあやは一も二もなくその申し出に飛びついた。
初めて宝玉と対面したとき、その名に違わぬ玉のような子だと思った。自らの乳房に吸いつく宝玉をまるで我が子のように、喪った我が子のように腕へ抱き、揺り動かす。
宝玉さま、私が母です。私こそが母なのです。死んでも口には出せない。だが、心の中でつぶやき続けた。私こそがこの子の母なのだと。
あれから幾年が経っただろう。もう孫まで生まれてしまったというのに。それでもやはり夢を見る。産声をあげた我が子の夢を。そしてだんだんと声がかすれてゆく我が子の夢を。
「まったく、くたびれたわ」
栄府の門をくぐったとたん、熙鳳はそう漏らした。
「姐姐、このままお休みになったら?」
と宝玉が言うのを振り切って、
「そうはいかないわ。賈母に挨拶しなくっちゃ。それにあんたの朋友が家塾に行く話も伝えないといけないでしょ」
「そうだった! 姐姐、早く行こうよ!」
宝玉がはしゃいでみせるのに、熙鳳は
「私はいったい何人の世話をすればいいのよ」
と大げさに肩を落としてみせた。
賈母は宝玉が戻ってきたのを見るや、大喜びで二人のもとに駆け寄り、今日の寧府でのもろもろを聞きたがった。
熙鳳は宝玉が余計なことを言わないよう目くばせをし、寧府で起こったことをかいつまんで話した。賈母は身を乗り出すようにして聞いていたが、話が佳境に及ぶと、熙鳳は不意に咳払いをした。
宝玉は何のことか分からずぼうっとしていたが、熙鳳が睨めつけるのを見るや、はっと気づき、
「賈母、ちょっといいでしょうか? 蓉の奶奶の弟君のことなのですが……」
と切り出した。