第七回 17
「焦大には祖宗さまに付き従って、功績や忠義があったからこそ、ずっと昔には家の中でも重んじられ、目をかけられていたのよ。それが、こんな……」
尤氏が息をつく。
「こんな?」
熙鳳に問い返されて、尤氏は激しく首を横に振った。
「今ではもう誰も焦大を叱責できるものがいないから、酒ばかり飲んで誰彼かまわず罵倒してばかり。 だからね、私はもうあの人を死んだ者として扱うように管事には言っていたのよ。なのにまだあの人を使おうとするなんて……」
熙鳳は言った。
「焦大のことをこの私が知らないとでも思ってるの? 焦大にも問題はあるだろうけど、何よりあなたたちがきちんとした考えを持ってないのがいけないのよ! さっさと遠くの荘子にでもやってしまえばよかったのに」
熙鳳はそうまくし立ててしまうと、熙鳳は尋ねた。
「私たちの車の用意はできてるの?」
下に控えていた人々が口々に答えた。
「はい、すべて整っております!」
熙鳳は軽くうなずくと、宝玉の手を取り、
「ほら、行くわよ。皆さま方、今日はお招きいただきありがとう」
と言いながら、寧府の人々に頭を下げた。
尤氏たちが大広間まで出迎えに出てくると、そこには灯火がきらめき、小童が丹墀の赤い階段に揃って立っていた。
「ん? 何か外が騒がしいわね」
門の外からだろうか、下人たちがざわめく声がする。
「珍の老爺さまがいないから、焦大のじじいは言いたい放題だぜ」
一人がぽつりとこぼすと、それを聞いたもう一人が、
「しっ、あいつに聞こえるぜ。それに老爺さまがいたところで同じさ。どうせ焦大には何も言えやしない。お、おい見ろよ。ついに管事さまにまで突っかかるつもりだぜ」
焦大は管事の頼二の襟首をつかみながら、がなりたてていた。
「弱きをくじき、強きに屈する糞野郎! 相手を見て態度を変えやがって。うまみのある事は他のやつにまかせて、こんな夜更けに人を送るような嫌な役回りは俺によこすのか。恩知らずのくそ餓鬼が、一丁前に管家面の真似事か。
よく思い出せ。焦大の太爺のつま先が、てめえの頭よりもずっと高かったことをよ。二十年前の焦大さまに逆らえる奴なんていなかっただろ。むろん、てめえらみたいな穢れた血の王八どもは言うに及ばねえ」
焦大は一気に言いおおせると、深く息を吐きながら肩を落とした。
そこに熙鳳を見送りにきた賈蓉が顔を出した。
「また焦大の爺さんが何か騒いでいるの?」
「ええ、蓉さまからも一言おっしゃってください」
下人からそう言われ、賈蓉もいつもの笑顔をひっこめるしかなかった。
「仕方ないな……」
賈蓉は頭をかきながら焦大のもとに近づいて行った。