婚約破棄で、ハリウッドのテンプレやろうぜ。
ワキューレ・ロマンスは、己の無力に苛まれながら学園を後にした。さっきまで婚約者だった王子、ユニオン・モッツァレラらの嘲笑が、今もなお耳元で聞こえてくる。
やられた、とワキューレは臍を噛んだ。明らかに自分ははめられたのだ……言いたいことは色々とある。
ただひとつ、確かなのは、舐められたまま何もしないのは、どうぞサンドバッグにしてください、と言っているようなものだ。
誰が自分をはめたのか、それを確かめなければならない……ワキューレは、計画を練った。
翌日の早朝、朝早くから学園の男子寮に忍び込んだワキューレは、昨日自分を断罪した一人である弟のジム・ロマンスを捕まえた。ジムの隣には裸の女がいたので、麻酔薬を湿らせたハンカチで眠らせる。
そして、裸のままのジムを、学園の四階にある生徒会室の窓から宙吊りにした。
「何をするんだ、気でも狂ったのか!」
「小さいものをブラブラさせながら凄もうとするんじゃねえ、坊主。死にたくなければ、質問に答えるんだ」
言いながら、ワキューレは男一人の足首を掴み、宙吊りにしたまま、目で威圧した。
「ハメたのは誰だ」
「俺じゃない!俺は反対だったんだ!実の姉をあんなふうに辱めるなんて、聞いてなくて……」
ずるっと、ワキューレは手を滑らせた。ぎゃあ、と悲鳴を上げながら、ジムが逆さになったまま、粗相をした。
「減らず口を叩くな。閻魔様に会いたくなけりゃ、本当のことだけを話すんだ。証人は誰だ。いじめの目撃者として、誰をでっち上げた?」
「フランツだ!フランツ・メイドレー!殿下が話をつけて……噂を広めたうえで、あいつ自身が証人になったんだ!」
「金さえもらえればなんだってやる、男爵家のチンピラか。舐められたもんだ」
「見逃してくれ、姉貴!きょうだいだろう!俺は、反対したんだ」
「やかましい。裁くのは、私だ。閻魔様にでも会いに行くんだな」
ワキューレは、ぱっと手を離した。ジムは悲鳴を上げながら、4階から落ちた。頭が潰れて、一面血の海になっている。ワキューレは、一旦学園から引き上げた。
その足で、フランツ・メイドレーの自宅に向かった。奴は、メイドとしけこんでいた。目隠しされ、裸に剥かれたメイドをつついて大笑いしている。
ワキューレは後ろから忍び寄ると、ポリ袋を後ろから被せて、袋を縛った。死物狂いで暴れるフランツを、後ろから蹴り飛ばす。たちまちフランツは酸欠に喘いで、ぶっ倒れた。
「何が目的だ!金か!?金ならある!助けてくれ!」
「お前は、私のいじめの証人になっただろ、メイドレー。いくらもらったんだ」
「その声は、ロマンスだな!復讐に来たのか!だが、こんなことをすれば、噂が真実になるだけだぜ」
「例えそうだとしても、その頃にはお前はあの世でジムと仲良くしているはずさ。私の二度目の失脚は拝めない。残念だったな」
「待て……弟を、殺したのか!?」
「まさか。弟は罪の意識に悩まされて自殺したんだ。さあ、からくりを吐いてもらおうか」
「チクショー!地獄に落ちやがれ!」
破れかぶれに突進してくるメイドレーの巨体をさっと避けて、足を引っ掛けた。ずでん、と転んだメイドレーを、さらに力強く締める。息をしようとして貼り付いた袋に、とうとう窒息してメイドレーは動かなくなった。
闖入者の登場に、メイドはすすり泣いていた。ワキューレは、そっと囁いた。
「お前さんを消すのは簡単だが、チャンスをやる。こいつの金庫の番号を知っていたら、教えてくれないか。そうすれば、見逃してやる」
メイドは震える声で、暗証番号を答えた。
中には大量の金と、メイドレーの仕事の内容の誓約書が詰まっていた。その中に、モッツァレラ王子の署名と、いじめの目撃者として振る舞う、という契約書があった。
現金には手を付けず、そういった書類をまとめてバッグに詰め込んだ。
「ほら、かわいこちゃん。今日は給料日だよ」
途方に暮れるメイドをよそに、ワキューレはまた違う目的地へと向かった。
千の腕を持つ男、ドラマチック・アームストロングには貸しがあった。急な彼女の依頼に応え、アームストロングは片っ端からその冤罪記録を丁寧にでっち上げ始めた。
正確に言えば、片っ端から筆跡を真似て、証拠をまるまるコピーしたのである。アームストロングの名前は伊達ではない。モッツァレラ王子の署名も、メイドレーのものも、同じ指先から生み出される。その他にもいくつかちょこちょこ偽造してもらう。
次に向かったのは貸金庫である。そこに、メイドレーの悪事の証拠をまとめてぶち込む。そして、アームストロングの偽造の証拠を携え、正面から学園に乗り込んだ。
学園では、ジムの学葬でてんやわんやであった。代表としてモッツァレラ王子が弔辞を読み上げる。そこに、真正面からワキューレは突っ込んだのである。
「どの面下げて、この場にいるんだ!」
モッツァレラ王子が怒鳴る。生徒たちがかすかにざわめく。
ワキューレは、しかつめらしい顔で、
「弟の遺言に従って、殿下の悪事の証拠を回収しておりました」
と答える。
「証拠だと?」
「ええ。殿下は弟と、フランツ・メイドレーというちんぴらと共謀して、わたくしを罠にはめましたわね」
「な、なんのことだ!言いがかりはよせ!」
「これがその証拠ですわ!」
アームストロングがコピーした証拠を突きつけられたモッツァレラ王子は、顔面が蒼白になった。契約書を読み上げれば、学園中がざわめき始める。
「な、なぜ……いやそもそも、一介の令嬢に過ぎないお前が、なぜこんな事が出来たんだ!」
「あら、殿下。私のことを誤解しておりますのね」
私は、元特殊部隊、最強と言われたフラワーナイツのメンバー。そう囁くと、彼の目玉か飛び出した。
「そ、そんな、そんなはずが……」
「もちろん私が証拠を集めなくとも、私の長年の国に対する貢献から、無実は明らかになっていたでしょう。ですが、それでは私は舐められたまま。この弱肉強食の世界では、力こそが全てなのですわ」
お覚悟を、とワキューレが、愛用の小太刀を構える。尻餅をついた王子が、体を庇いながら叫んだ。
「待て!待ってくれ!話せばわかる!」
「問答無用!」
ワキューレの手が閃くと、見事、数々の不正を働いていた王子の首が飛んだ。
騒然となる学園の中、見覚えのある顔の学生が立ち上がり、ワキューレに囁いた。
「腕は鈍っていないようだな、ワキューレ。もう一度、国のために戦ってくれないか?」
「お断りしますわ」
ワキューレは答えた。
「なぜ?」
「才能に見合ったお給料を、いただけませんもの」
これには思わず、元上司も苦笑いする他ない。元上司は、少女の肩を叩いて、事態を収拾するべく、声を上げた。
ワキューレは1日にして、伝説となった。しかし、依然として行方は知れない。だが、会うことは可能だ。彼女の名誉を傷つければよい。彼女は必ず、あなたを自身の手で裁くために帰ってくるだろう!