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婚約を解消して魔法使いになりたい

作者: 詠垣 菘

羊で執事のセバスという設定をどうしても使いたかったのです

「貴族学院から入学案内が来なかったって?入学金が払えなかった?それでは婚約は破棄するより仕方がないね。デイジー」


 口の右端だけを上げ引きつったような笑い顔で告げて来るのは同い年のコール・コークス子爵令息。赤みがかった黒髪と同じ色の目を持つ隣の領地コークス家の次男。祖父同士が勝手に決めた婚約者。正直言って性格が合わない。


 我がブロンズ子爵領とコークス子爵領の境となっているドラゴンリバーという暴れ河は数年ごとに氾濫を起こしていた。氾濫すれば河の位置さえ変わってしまうので境界を巡って争いが絶えなかった。


 祖父の代に王家の介入によって友好関係を築かざるを得なかった両家は堤防工事を行い境界争いはひとまず収束した。その後両家が再び争いを起こさぬように血縁関係を結ぼうという話になった。生憎両家には男子しかいなかったので女児が生まれたなら婚約させる約束で数年が経過、ようやく生まれた女児が私。デイジー・ブロンズ。祖父らはデイジーとコークス家で半年前に生まれていた男児コールが年齢的にちょうど良いと婚約させた。


 さて、私たちの婚約が整うと両家のじいさま方は相次いで亡くなり世代が代わった。コークス家新当主は次男コールをブロンズ家に婿養子に入れブロンズ家の家督を相続させるつもりでいた。私とコールが婚約した当時ブロンズ家の子は私一人しかいなかったから。


 ところがそれから五年目にお母様が無事に元気な男の子を産んだ。ブロンズ家当主のお父様は生まれたばかりの長男を跡取りにすると宣言。これにコークス家が嚙みついた。契約違反だろうと。


『契約は両家の子を婚姻させるというもの。だがしかしコールに我が家の家督を譲るなどと約束した覚えはない』


 我が父はこう返事を返した。再び両家の仲は険悪になった。


 コークス家では長男をコークス家の後継者に、次男はブロンズ家に婿入りさせ、男児二人をそれぞれ領主にすることが出来ると五年もの間思い込んでいたのだ。これでドラゴンリバー流域すべてがコークス家の血筋で栄えると。


 ブロンズ家では『血縁関係を結び数代前に起こったような殺し合いを伴う争いを回避したい』と思っていたのだ。実際、数世代続く争いを王家に咎められ両家共に伯爵家から子爵家へと降格されてしまった。今後は王家に睨まれるような事態を回避したい。


 世間一般には両家の間の話し合いが十分でなかったからお互いに『思っていたのと違う!』となってしまったのだろうという認識だ。


 実際にはコークス家の野望は表に出してはいけない種類の事柄なのでブロンズ家に正直に言えない。ブロンズ家としては気が付いているけれど認められない。


 婚約者同士の交流もなく両家の関係はギスギスしたものだからコールとデイジーは仲睦まじくできるはずもなく、パーティーなどで顔を合わせれば喧嘩するのが関の山。


 こんなに仲が悪いのに結婚させるのは無理だろうとブロンズ家からは婚約解消を求めた。


 しかしコークス家は応じない。王家に聞こえるような大きな声では言えないが『ドラゴンリバー流域の全てをコークス家の手中に収める』という先祖代々の悲願があるのだ。この婚約はそのための一歩なのだ。


婚約解消の話し合いができない状況にブロンズ家では考えた。『どうにかしてコークス家から婚約解消するようにもっていこう』と




 という事でコール・コークスから婚約破棄の言質を取った。ブロンズ家の企みが上手くいった瞬間だ。


 今年もブロンズ子爵領はドラゴンリバーの氾濫により被害を受けた。ここ数年連続して被害に遭っているため蓄えも底を付いた。屋敷の使用人さえ雇うのが難しい。…没落するのではないか?だから娘が15歳という貴族学院入学年齢に達しているのに入学金が払えない。


 …そのように外に向けて発信している。娘が貴族学園に入学できない理由を他家に向けて積極的に発信しているのだ。数年は社交界に出られない程度の恥をかく覚悟で。


 コール・コークス子爵令息は嘲るような笑みを浮かべて我が家の応接室にやって来た。父は修復しなければならない堤防を視察中、母は水害被災者への炊き出しに行っている。先ぶれのある正式な訪問であったにもかかわらず我が家の両親は不在。塩対応半端ない。もっともコークス家だって契約の破棄という当主同士の立ち合い必須な案件であるのにもかかわらず当主が訪問していないのだからお互い様としか言えない。


 この後何度も手紙をやり取りしながら書類を作成する手間を考えれば当主同士顔を合わせて書類を書いたほうが楽だろうに。





「貴族学院卒業資格がなければ貴族は名乗れない。入学すらできないお前とは婚約など継続できるはずもない!」


 彼のいう事は正しい。わが国で貴族を名乗りたいのであれば貴族学院の卒業資格が必要だ。学院の卒業資格と王家主催の成人祝いパーティー参加。その二つをクリアしなければ貴族の両親のもとに生まれていたとしても成人したとたん平民として扱われる。貴族家の当主や当主夫人になれない。それほど貴族とは責任ある立場にあるのだぞと法で決められている。貴族学院を卒業しない者が貴族と婚姻したとしても愛人の扱いにしかならない。


 つまり平民になる予定の私はコールと結婚することはできるけれど彼をブロンズ家へ婿養子として迎えることは不可能になった。愛あるカップルならそれでもかまわず結婚するだろうけれど残念ながら私たちは違う。


 顔を歪ませて笑うコール。私に対して嘲笑を向けようとしているのだろう。


『この人ってどうしてこんなに歪んだ顔をするのかしら。すましていればきれいな顔なのに。でもまあ顔がどうだろうと関係ないわ。私はこの人嫌いだもの』


 彼と結婚しないためなら貴族の地位を捨てて構わないと思えるほど。


「婚約破棄承りました。父に伝えておきます。お客様はご用が終わったようだからお見送りしてね、セバス」

私は応接室の隅に置いてある餌箱に顔を突っ込んでいたペットで執事な羊のセバスにそう告げる。セバスは「メェ~」と啼いた。癒される。


「そういうとこだよ!」

 私がセバスにニッコリ微笑むのを見てコールが大声を出す。

「なぜ家畜が応接室にいる?客を何だと思っている!」

「だってセバスは執事なのですもの」

「羊が執事だと?冗談も大概にしろ!羊は家畜小屋で飼えよ!もっとも、そういう人を莫迦にした態度を取れるのも今だけだ。成人したとたんに平民だからな」


 コールは両手をテーブルに突きバンと音を立てた反動を利用してソファーから腰を浮かす。カップの紅茶が零れた。あらあらお行儀が悪いこと。


「いいか!これが最後の通告だ!頭を下げて俺に願え。俺を跡取りとして迎えることを約束すれば入学金を我が家で支払ってやる。父からの伝言だ!」


 餌箱から顔を上げたセバスはトコトコとテーブルに近寄りコールの上着の裾を咥えて引っ張った。

「止めろ!羊!放せ!ああ、よだれが服に」

「セバス、そのまま玄関までご案内してね」

セバスに上着を咥えられ引きずられていくコール。セバスを叩いたり怒鳴りつけたりしているけれど効果がない。コールの騒ぎ立てる声は門の外に引きずり出されるまで続いていた。やがて

「覚えてろ!」

という破落戸のような脅しの台詞と馬車の遠ざかっていく音が聞こえた。




 夕食時、家族一同で食堂に集まりその日の出来事を報告し合った。


「セバスの大活躍、僕も見たかったな」

 テーブルの向かい側、母の隣でそう言うのは弟のロビン。10歳。こげ茶色の髪にハシバミ色の瞳を持ち穏やかな面差しは母似。並んで食事する仕草はとても優雅だ。普段は腕白なのに。


 私は父似の黒に近い緑の髪と同色の目。ブロンズ家に多く出る色をしている。代々の当主がたまたまこの色を持っていたから後継者は私になるのだろうとコークス家では勝手に思い込んだのかもしれない。ブロンズ家には髪色で後継者を決めるしきたりなんてないのに。


「そうかデイジーの役に立ってくれてありがとう。セバスは有能な執事で護衛だな」


 当主席に座る父がそう言うと床に置かれた餌箱に顔を突っ込んでいたセバスが「メェ~」と啼いた。もちろん餌箱から顔を上げ父の方を向いて。


 セバスはお利口で可愛い。ちゃんと言葉が解るもの。羊だけど執事で家族だ。食事は私の隣が定位置になっている。セバスが私の膝に角をこすりつけるからその頭にポンと手をのせる。モフモフして気持ちいい。


 今夜のメインディッシュは川魚のソテー。魚は父が視察の折に領民から渡された。氾濫後の水たまりに取り残されてビチビチ跳ねていたのだとか。子ども達がつかみ取りしていて、おそらくロビンも参加したのだろう。帰ってきた時のロビンの姿はびちゃびちゃのドロドロだったから。


 川魚は特有の臭みを抜くのに手間はかかるけれど今は沢山獲れているから領民は飢えていない。


 母が炊き出しをするのは領民の様子を近くで見るためでもあり洪水の後で起こりやすい感染症の兆しを見逃さないためでもある。両親ともに領民の事はいつだって真剣に考えている。そして慕われてもいる。そんな両親なのだから私のことも愛してくれている訳で。


「いくらコークス家が婚約の解消を渋っていたからってデイジーが貴族学院に入学しない選択をするのはやり過ぎだと思うのよ」


と母が愚痴をこぼす。


「私、貴族よりも魔法使いになりたいのです。セバスと一緒に」

「それも無茶なことだと思うの。だって一人で砂漠を超えなければいけないという課題が出されているのでしょう?…」


 魔法使い達が自治するのは広大な砂漠のど真ん中に開拓された学園都市国家だ。200年ほど前に大賢者マーリンが開拓を始めたと伝わっている。それまでの魔法使いは小さな村や森の近くに住み着いて薬を売ったり占いをしたりして細々と暮らしていた。そんな彼らを集め魔法を系統化した学問にしたのはマーリンだ。学問となった魔法は研究が進み発展していく。砂漠の真ん中の集落には学園が作られた。集落は都市と言われるまでに成長した。今では国家として認められている。学園都市国家では希望者に魔法を教えている。入学金も授業料も必要ない。才能さえあればいい。


 デイジーは一年程前に魔法を習いたい旨の手紙を出した。そして返事が来て課題をもらった。


『砂漠を超え自力で学園都市にたどり着け』


この課題をクリアすれば魔法を学ぶことが出来る。


 砂漠に入る日時と場所については指定されていた。その日その場所以外から砂漠に入るのは不可。使い魔の同行は許可されている。


 羊で執事な可愛いセバスは護衛までこなすモフモフの使い魔だ。セバスは家畜の羊じゃない。立派な魔羊(ひつじ)なのだ。



 それから数日後、砂塵を巻き上げて砂漠を爆走する魔羊とモフモフの背にしがみ付きマントを翻す少女がいた。雲一つない青空に少女の絶叫が溶けて消えていく。


 でも大丈夫。セバスは決してデイジーを振り落とさない。砂漠に生息する大型魔獣も虫型魔物も沢山いるけれどセバスの足なら振り切れる。だってセバスは魔羊(ひつじ)だけどブロンズ家では執事の役職についていてデイジーにとっては可愛くてモフモフで護衛ができる使い魔なのだから。


 学園都市到着まであと少し。


魔羊セバスと少女の異類婚姻譚を書きたいんだけど…デイジーの設定だけで短編になってしまった(汗;

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