一秒間に考えること
「キーっ!」
横断歩道の上で歩く僕は、鋭い音色を聞いて思わず目を閉じた。真隣には黒い自動車が走っている。ああ、僕は死んでしまうのかと、心の中で思った。急に頭の中が僕の顔だらけになった。走馬灯というやつか。
思い返せば、本当にしょうもない人生だった。
両親は僕を捨てて、孤児院で育った。孤児院育ちの主人公は大抵いじめられてから立ち上がるものだ。僕は学校に行くのを拒んだ。でも、院長は学校に行ってほしそうだった。僕は院長に押されるままに、学校に行くことになった。
「孤児院育ち。教養なしの子。」「あっちいてよ、僕らとは違う人種め。」
予想した通り、僕は親なしの子としてからかわれた。6年間辛い日々をおくたっけ。
院長はぼくのつらそうな表情を見て、フリースクールに通い始めた。僕は自分と境遇が似ている子たちと楽しい毎日を送った。僕は将来のためにそこで懸命に勉強した。
それから三年経ったとき。僕は恋をした。
その女性は会うたびにあざができていた。週一の頻度で来ていて、いつも笑顔な人だった。
僕はその人に思いを伝えられずにいた。断られたら気まずいから、とかじゃない。
「ねえ、知ってる?彼女、」
彼女は僕の親友が好きだとたまたま聞いてしまった。
僕はその日、一万年分くらい泣いた。どうしたらいいかわからなくなって、ただひたすら泣いた。
それから何年か経って、僕は大学生になった。院長や皆に勧められて法学部を卒業したし、弁護士にもなった。
でも、彼女はある日、行方不明になってしまった。
僕は行方不明者届を出そうとはしたものの、警察官の友人は止めた。
「止めなよ。行方不明者届って一年間で八万人くらいいるんだよ。僕たちが忙しくなるだけ。無駄足だよ。」
友人は言った。その通りだと思って僕はやめたんだよな。
でも僕はずっと気になっていた。
その後、彼女の家族にも相談した。けど家族はどうでもいい顔をしたような気がする。
あんな奴ほっといてろとか言われて。
あの時あざができていたのは、虐待のせいなのかな。僕はその時思ったような気がした。
いや、昔から感付いていたのかもしれない。
じゃあなんで通報しなかった?
そんなこと、信じたくなかったから。
知れば知るほど、最悪な事実に近づいてしまうような感じがしていた。なんにも知らずにいたほうが、気持ちよく過ごせるような気がした。彼女のすべてを明かせば、知ってしまった人だって辛くなってしまう。それも防ぎたかった。彼女以外の人はつらい思いをしなくて済む。
でもそれは彼女だけが苦しまなければいけないことになってしまう。
どちらにせよ誰かが苦しまないといけない。それで僕は一人しか苦しまない方法を選んだ。
あのとき、彼女を助けていたら、どうなっていたんだろうか。
僕はずっと他人に振り回されて、自分の意志より他人の常識を参考にして。
自分の意思に従ってたら、どうなっていたのかな。
そしたらあの時、いじめにあわなかったかもしれない。
そしたらあの時、法学部なんて入らなかったのかもしれない。弁護士にもなんなかったかもしれない。
そしたらあの時彼女に告白したのかも。
そもそも彼女に会わなかったのかも。
やり直してみたい。
そんな叶わない願いを、一秒間でずっと叫んだ。