夏3
下駄箱の前に来てから、荷物も持たずに青いボールペン1本を握ったまま帰ろうとしていたことに気づいた。
我ながらよく分からない。
それくらいダメージを感じていたということだろうかと、どこか他人事にすら思えた。
教室に取りに戻ろうか悩んでいるとユキくんが息も絶え絶えに現れた。
「三浦さん!あー!よかった間に合って」
「あ、ありがとう……!」
安堵しながら呼吸を整えるユキくんにお礼を言いつつ、おずおずと荷物を受け取った。
渡された荷物の重さに恥ずかしさが増して、少し俯く。
「……ごめんね。俺で」
「え?」
唐突に謝られて顔をあげれば、ユキくんはそこに困った顔をしながら立っていた。
「本当は、一舞が届けようとしてたんだけど、貸す約束してた物も渡したかったから」
「あ……そっか。ありがとう」
それはきっと私に気を遣ったユキくんの嘘で、私の話すことに微塵も興味がない山田がそんな行動をするだろうかと捻くれたことを思う。
山田は、出会った当初と変わらずに優しいけれど、「友達」という枠がそれ以上を出ることもそれ以下になることもないことを私は知っている。
休み中も山田に会いたい理由だけで特別授業に参加したが、山田の話題は彼女さんばっかりだった。
それは少し考えれば思いついたはずなのに、会える喜びで勝手に誤魔化していただけ。
正直、山田の変わらない態度が今の私にはしんどい。
この気持ちを自覚した時に友達として傍にいたいと思ってしまったのは私自身で、あの時に離れる選択をしなかったからしんどく感じていることには気づいている。
この行き場のない感情を捨てられたら楽なのにと思いながら、持っていたボールペンを鞄にしまい、下駄箱から出したローファーを履いた。
気を取り直して、ユキくんに改めてお礼を言うと頬をムニっと掴まれて口角をあげられる。
「三浦さん、こうやって笑顔で夏祭り楽しもうね」
言い終われば、ユキくんの手が私の頬を優しく包んだ。
冷房の効いている室内にいたせいもあるのかユキくんの手の温かさを心地良くすら思えて、泣き出したくなる。
そんなに今の私は余裕がないのかと考えかけて、なんとか気を逸らすべく、思ったことをそのまま言葉にする。
「ユキくん!ユキくん!!これは女子がされたらときめいてしまいます」
「!!!?」
慌てて私の頬から手を離したユキくんが「あー三浦さんを元気づけようとしただけで、あ、待って!急に恥ずかしくなってきた」と真っ赤になった顔を手で隠した。
いつもの恋愛小説シーンの再生ごっこでは、何も恥ずかしがらずに演じるのに、こういうのは照れちゃうんだよねとユキくんの可愛さに頬が緩む。
「ユキくん、元気出たよ。もぅ大丈夫」
「大丈夫」ともう一度自分に言い聞かせるために呟く。
ユキくんは一瞬何かを言いたそうにしたけど、それには気づかないフリをして「電車の時間!間に合わない!またね」と帰りを急いだ。




