夏1
あれから、山田の彼女についての話題を避けながら過ごしているうちに、夏休みを迎えた。
「暑い……」
「……暑いね」
茹だるような暑さの中、夏休みにも関わらず登校したのは、希望者に行われる特別授業があるからだ。
高校生にもなれば友達と少し遠出をしたり、夏祭りに行ったりという想像をしていたが、週に数回学校に来るくらいしか山田に会う方法はなかった。
それでも、少しの時間でも会えるのを嬉しく思ってしまっている私に、現実はそう甘くないことを山田の彼女自慢によって思い知らされる日でもあった。
4人で過ごすことが増えたと言っても気楽に遊びに行こうと言えるような勇気をもっているはずもない。
「俺、夏は特別授業とバイトと彼女と……ってめっちゃ青春してるよな!?」
「……一舞、その無駄に高いテンション暑さが増すからやめてくれない?」
心底嬉しそうに山田がいつも通り話し始めれば、ユキくんがバッサリと捌く。
見慣れた光景になったなと思うし、彼女の話が出た時のユキくんが私に気を遣った上での対応かと思うと少し山田には申し訳なく思う。
「幸也、恋愛小説ばっかり読んでるのに、なんでお前は告白したりしないわけ?」
「はぁ……俺は相手が俺のこと好きって気づくまで動かないの」
「へぇー…!?好きな子いるの!?」
「……一舞の成績が校内トップ3に入るって永遠の難問だと思わない?ね、三浦さん」
「え、あ、うん?」
「はぁ??今のなんの関係もなくないか?何、急に健みたいなこと言ってんだよ」
会話の流れで投げかけられ、曖昧に返してしまったが、ユキくんの視線を追っていればすぐに分かると思うという言葉をのみこむ。
ユキくんは、笑愛ちゃんのことがたぶん好きだ。
夏休み直前、笑愛ちゃんが2個上の先輩から告白されて付き合い始めてからユキくんの視線に気づいてしまった。
笑愛ちゃんから特別授業は参加しないと夏休み前に言われ、理由を聞けば、受験生の彼氏さんと街の図書館に一緒に通うからだと嬉しそうに話された。
なので、ユキくんは夏休み中、好きな人に会えていないというわけだ。
「なぁ、好きな子って誰だよー?」
「話は終わり」と参考書に視線を戻したユキくんに納得いかない山田は肩を鷲掴んで揺らしている。
「ちょっ、酔う、やめ、ろって!」
「あ、カズ、ユキ、いたいた!三浦さん、こんにちは」
「え、健?どうした?」
「中峰くん、こんにちは」
教室に爽やかな笑顔を浮かべて入ってきたのは中峰くんだった。
やはりこの2人が揃うとキラキラ度合いが増して見えるのは相変わらずかと思う。
「この後の特別授業、特進科の先生がするだろ?使いたい教材運べないから手伝ってほしいんだって」
「分かった!よし、幸也行こうぜ!」
「はぁ……どこに行けばいいわけ?」
「2階の指導準備室!」
中峰くんの答えを聞いて山田とユキくんが教室を後にしようとしてハタと立ち止まった。
私も「一緒に行かないのかな?」と中峰くんを見上げれば、ふわりと微笑まれてしまった。
今、私の背後の女子が何人かトキメキすぎて息を止めたのが伝わってきた気がする。
「あれ?健、一緒に行かないの?」
「俺、部活行く途中に担任から呼んでくるよう頼まれただけだからさ」
「ふーん。そっか!じゃぁ、暑いから水分よく摂れよ!」
「サンキュー」
中峰くんはヒラヒラと手を振って2人を見送った。
私の方に中峰くんの視線が戻ってきたので「部活は?」と思いつつ、首を傾げた。
「三浦さん、カズ、騒がしくない?」
「え、うん?いつものことだから慣れたよ」
「フハッ!確かにいつも騒がしいのがカズだよね」
「うん。だから、みんな山田の周りにいたいのかも」
「え?」
「山田が、明るく楽しく過ごしてるとこっちまで同じになれるから」
「……なるほどなぁ」
「あの、中峰くん、部活間に合う?」
「あ!忘れてた!三浦さん、またね!」
中峰くんは時計を確認した後、颯爽と教室を去っていった。
「元気な人だなぁ」と思いながらドアの方を眺めていると、それとなく周りの視線を感じてしまった。
とりあえず、気を紛らわせるために先程の授業でもらった資料を復習することに決めた。




