出会い2
入学式から早いものであっという間に初夏が訪れた。
この時の出会いに私はこれから何度も救われるということにはまだ気づいていない。
山田の後ろの席に座っている山中幸也くん…通称ユキくんは基本的に休み時間特に予定がなければ、読書をして過ごしていることが多かった。
密かに読書仲間だと親近感をもっていたが、なかなか話しかけるチャンスもないままだった。
図書室でやっと借りられた本を読んでいると突然話しかけられた。
「それ、図書室の先生に「次に予約してる子いるから」って急かされたんだけど、三浦さんのことだったんだね」
「え?」
あまりに唐突だったので驚いた。
本から声の方に視線を移せば、ユキくんとしっかりと目が合った。
周りにこの作品を読んだことのある人がいるとは思わず、動揺のあまり小説冒頭の一節を読んでしまった。
「『どうして?どうして何も言ってくれないの?』」
「……フハッ、うん。分かった……『あなたにこの言葉を言ってしまったら、僕はあなたの傍にいることはできないのです』……何気に良い始まりだよね」
ユキくんは、優しく微笑みつつどこまでも切なさを瞳に映しながら台詞を発した後、恥ずかしそうに、はにかんだ。
「す、すごい!!分かるの!?しかも完璧な解釈での再現!!かっこいい!!」
「ありがとう。実は姉貴の影響で色々読むようになって、今はいかに再現するかにハマってるんだ」
同じ恋愛小説愛好仲間の出現、しかも再現までしてるなんて志が高いと、嬉しさのあまり私は目を輝かせた。
しかも、役になりきる感じが本当に格好良くて、もっと話が聞きたいとユキくんの傍に行こうとすれば、間に人が立ち塞がった。
そのまま顔を上に向ければ、不機嫌そうな山田と視線が絡んだ。いつもの上機嫌な様子がなく、ピリついた雰囲気に私の表情が固くなるのが自分で分かった。
「一舞、何してんの?」
ユキくんの不思議そうな声を山田越しに聞きながら、何故会話の邪魔をされているのか分からず、何か用事でもあるのかと問いかければ、質問を質問で返された。
「どうしたの?」
「今のは何だよ?」
今の?今のって小説の再現をしていたことだろうか?そんなことで不機嫌になるだろうか。
ちなみに、先生から頼まれた用事を丁度済ませて戻ってきた笑愛ちゃんは、山田とユキくんと私の3人を見比べて楽しそうに笑っていたのが視界に入ったのを覚えている。
「何って……小説の話をしていただけだけど?」
サラッと状況を説明するユキくんに私は同意を込めて大きく頷いた。
山田は、ユキくんと私を交互に見やると小説を目にして少し安堵する様子に変わった。
「……はぁ?あんな視線送っといて小説???」
「あのね、ここなんだけど、主人公が長年思いを寄せている護衛騎士の気持ちを確認したくて問いかけてね、でも、主人に対してこの感情は伝えられないって切なさを含んだ台詞で……ってそれより、山中くん!恋愛小説好きなの!?」
「好きだよ。最初は姉貴の買ってくる本で暇つぶし程度に読んでたんだけどね、今はハマってる」
読書仲間だと密かに思ってはいたが、好きなジャンルが同じという新しい情報に私は大喜びだった。
改めてユキくんに「これからよろしくね。もっとお話ししたい」と伝えれば、「よろしく」と嬉しい反応をもらえた。
そのやりとりを見ていた山田が「面白くない」とぼやいたのが耳に届き、この時思わず「失礼な」と睨みつけてしまった。
山田の肩が一瞬ビクリと揺れたように思えたが、私達は共通の趣味で楽しく話していただけなのに、「面白くない」と発言された腹立たしさが勝ってしまい、言い返そうとしたところ、このやりとりを見ていたクラスの男子が冷やかすように山田に絡んだ。
「まぁまぁ三浦さん、落ち着けって。一舞は、拗ねてんだよなぁ?付き合ってる三浦さんがユキと仲良くしてるから〜女神様に放っておかれて寂しいんだよな〜」
「あ〜なるほど」
その言葉にユキくんがのんびりと納得したが、私は衝撃的な展開に完全に置いていかれた。
誰と誰が付き合ってるって???
ニヤニヤしながら絡む男子の視線に困惑していると、表情を明るくしている笑愛ちゃんと目が合ったので慌てて否定のサインを送った。
だが、この中で1番不思議そうにしているのは、紛れもなく山田本人だった。