春3
「じゃ、放課後」
あっさりと2人に別れを告げたユキくんに違和感を感じる。
慌てて声をかけようとすれば、山田が先にユキくんの肩を掴んだ。
「……一舞、何?」
ユキくんは振り向きながら不機嫌そうな視線を山田に送った。
いつもと違う違和感が私の中で確信へと変わる。
緊張感が走ったような気がして足が少しすくめば、山田が笑顔を返して言葉を続けた。
「幸也!!ま、まさか、それだけ?」
「……は?」
「もっとこぅあるだろ、何か!!俺ら1年間離れ離れなんだぞ!!?」
山田の声によって教室と廊下が騒めく。
笑愛ちゃんが山田の必死な態度に思わずといった様子で笑い出した。
ちなみに、言われたユキくんは大混乱のようで固まっている。
ユキくんのそんな姿はなかなか見たことないので私も一緒に固まってしまった。
先程まであった緊張感が薄れる。
「ほら、もっとあるだろ!?一緒じゃなくて寂しいな……とか!!」
「…………イッショジャナクテサミシイナ」
「……繰り返して欲しいわけじゃないんだよ!1組と3組ってことは合同授業がほとんどないって知ってるか!?」
「……知ってるけど、それが」
「知ってるだろ!?知っててその態度か!?」
山田の圧にユキくんが珍しくたじろいでいる。
周りにいた人達は何の話してるんだろうと遠巻きに聞き耳を立てているような気がする。
確かにこの学校は、2年生からクラス単位の授業とは別に合同で授業を行なったりするが、どれも毎年ランダムに組まれていて発表されるまでは確定ではない。
しかし、大まかな分けられ方は1組と2組、3組と4組、5組と6組と言ってもいい。
ただ、ランダムなのでもちろん他のクラスと一緒になるということもある。
ユキくんは冷静に山田と会話を続けて真意を読み解こうと必死になっているのもあってか先程まであった不機嫌さは消えている。
「いや、ほとんどないって言っても2、3個は同じのあるだろ?」
「……俺は、俺は」
「おい、一舞、聞こえてるか???」
「俺は!1年生の時、幸也との授業は本当に楽しかったんだよ!!」
「あ?ありがとう?」
「だから、そんな幸也なら分かるだろう!?」
山田は勢いよくユキくんの両肩を掴み、同意を求めるように問いかけた。
その圧に押されつつ、ユキくんがなんとか答えを見つけようと思考を巡らせているのを感じるけれど、首を横に振った。
「…………いや、分かんない」
「昼飯一緒に食おうって言ってんだよ!!?」
「いや、微塵も伝わってこねぇよ!!前置き長すぎだろ!?」
耳をこちらに向けていた周囲が一斉にドワッと笑い出した。
私も堪えられなくなり、笑ってしまう。
笑愛ちゃんは笑いすぎて涙が出てしまったようで山田の背中をバシバシと叩いている。
「はぁアホらしい……ったく。怒ってたのが馬鹿みたいだろ?」
「悪かったよ」
山田が謝って笑えば、廊下で遠巻きにしていた人や教室から伺っている人達がそれに見惚れているのを感じる。
ユキくんの空気がいつもの柔らかいものに変わり、私もようやくホッとした。
しかし、朝の時点では2人とも普通にしていたような気もするし、それまでの間にユキくんが怒るようなことがすぐに思い浮かばない。
原因が分からず首を傾げれば、山田と目が合い、何故か頭を撫でられた。
この状況が理解できずに思考停止しかけていると、そっと耳打ちをされる。
「ゆうちゃん、幸也は好きなやつのこと守りたかっただけだよ」
支えられた時とは違ったその近さに思わず身構えてしまう。
耳元で山田の声が反響しているような感覚に陥りかける。
なんとか気力を保って、冷静を装いつつ「そうなんだ」と簡単に返し、心もとない距離をとれば、今度は山田が「ゆうちゃん?」と首を傾げた。
「なんでもないよ」と適当な笑顔で返して、ユキくんに視線を戻し、山田の言葉の意味に意識を無理矢理もっていく。
いつものユキくんなら山田と笑愛ちゃんの仲裁には私より早く入ってくれるのに怒っていたから今日は静観を貫いていた。
それが、感じていた違和感の答えというのは分かった。
怒った理由が「好きなやつのことを守りたかっただけ」ということは、笑愛ちゃんに関係しているということで……山田が謝ったということは山田の何かがユキくんの逆鱗に触れてしまったということ?
そこまで考えていると、バレたのが面白くなかったらしいユキくんは拗ねたように「気づいてもスルーしておけよ」とぼやいた。
それに、山田が苦笑いを浮かべれば、その後ろからさっきまで笑い続けていた笑愛ちゃんが理由を聞き出そうとユキくんに話しかける。
「ユキ、今日静かだったもんね?何をそんなに怒ってたわけ?」
「……本人が気にしていないならいいんだよ」
「ん?ユキが気にして怒ったんでしょ?」
ユキくんのはぐらかした答えに笑愛ちゃんがさらに詳しく聞こうとしたけれど、ユキくんはそれ以上言いたくないのか笑って誤魔化した。
隣の山田にも同じように聞けば「もぅ今は怒ってないからいいんだよ」と返され「それもそっか」と笑愛ちゃんは聞くのを諦めた。
そのやりとりを見て、好きな人が自分のために怒ってくれるなんて笑愛ちゃんは幸せ者だなと頭の片隅で羨ましく思ってしまったと同時に伝わらないユキくんの優しさに悲しみを感じてしまった。




