放課後5
混乱を感じ取ったのか山田は、わざと明るめの口調に変えて話を続ける。
私の手は相変わらず止まったまま固まっていたが、山田の体温を感じたことが急に恥ずかしくなって、手を引っ込めた。
「ははっ、驚くだろ〜俺が彼氏だと思ってたのにな。よくよく話聞いたら、その男が本命で俺のことは遊び。顔が良いから遊んでたって……そいつとは塾が一緒だったらしいんだけど、他県の高校に受かったとかで春から……まぁ所謂遠距離恋愛だったらしくさ。本当は祭りの日会えない予定だったけど、急遽来れることになったからって迎えにきたんだって……」
弱々しく話す山田は、言葉にする度にそれが現実だと自分自身に突きつけているように感じる。
あんなに自信満々に山田の彼女を気取っていたあの子に嫌悪感が増すのが自分の中で分かる。
苛立った声を出さないよう気をつけようと改めて思う。
「俺、遊びだったって言われて妙に納得しちゃって……好きってお互いに言ってたけど、どれも嘘だったのかもしれないなって」
「……嘘じゃないでしょ?」
「え?」
私の答えを予想していなかったのか話を始めてからやっと顔を挙げた山田は驚いた顔をしている。
私は、山田が自虐的に話すのがだんだん許せなくなっていた。
好きな人と一緒にいられなくなったという現実を無理矢理明るく話す山田を痛く感じた。
発せられる言葉が、傷を抉るようで余計に痛さを増している。
私の心も一緒にジクジクと傷んでいるような錯覚に陥っていた。
「ゆ、ゆうちゃん、泣い……!?」
山田が慌てている。さっきまでの震えた声は発せられなかった。
だって、あんなに幸せそうに彼女の話をしていたのに、それを自分で否定しなくても良いじゃないかと思ってしまった。
私が聞くたびに押しつぶされていた感情も遠回しに嘘と言われているようで悲しみが増していく。
私が好きを積み重ねた山田を山田自身に否定されたのをより苦しく思う。
気持ちがいっぱいいっぱいになりすぎて涙が溢れてしまったが、必死に指で拭い、話を続けることにする。
「……山田は、そう思わなかったら言葉にしない。山田がその時に伝えた「好き」って言葉はどれも本当の気持ちでしょう?……きっと、山田は彼女さんのことを大切に思ってた。ちゃんと好きだった……きっと今も、好きなんだよ」
「え?」
だって、誰にも彼女の悪かったところを話せずに1人でその恋を終わらせようとするくらいには、今も守りたいくらいに好きってことでしょう?
そう思って、笑顔を作れば、山田の目は見開かれて固まっている。
自分で「山田は彼女のことが好き」と提示しておいて勝手に胸がヒリヒリしている。
「だって、山田の惚気話聞いてたら、本気かそうじゃないかくらい分かるって〜!私は恋愛小説と少女漫画が大好きなんだから」
「…………うん、やっぱり、ゆうちゃんは、俺の女神様で大事な友達だね」
改めてその言葉を聞くと思わなかった私は、話をされる前に膨らんでいた期待を押しつぶす。
決して心の奥底で喜んだことがバレないように、笑顔をはりつけその言葉に頷く。
「……女神様には納得したくないけど、そうだよ。私は山田の最高の女友達でしょ?」
再び泣きたくなるのを誤魔化すために山田のほっぺたをつまんで伸ばす。
「はにふるんだ(何するんだ」とちょっと不機嫌そうに私の手を自分の頬から剥がそうと山田が触れようとしたのを感じて慌てて離した。
今、触られたらもう一度さっきみたいに手を繋いでほしいと思ってしまうに決まっている。
手に残された熱を振り払うために、制服のスカートを軽く叩いて、首を傾げた山田の隣からパッと立ち上がった。
「……ゆうちゃん?」
「山田、あそこの自販機のジュース奢ってよ!ここまで来るのに汗だくになっちゃったし、実は喉乾いてたんだよね〜。それに中峰くんにも連絡入れないと心配してるよきっと」
「……健のことはいいよ。さっき連絡入れといたから……ゆうちゃん、何飲みたいの?」
「え、いつのまに……んー?やっぱ冷たい炭酸かなぁ」
明るく返せば「仕方ないなぁ」と言いながら山田は買ってくれた。
もぅ山田はさっきまでの辛そうな感じはなくて、私もいつの間にかまだ恋をする前のように自然に話しかけていた。
ただ、山田との間にできている「友達」という壁はより一層分厚くて、どこまでも果たしなく高くなったような気がした。




