放課後2
教室に紙のめくる音とホチキスの音が響いている。
あれから山田は黙り込んでしまった。
私はどんどん気まずくなる空気に内心どうしたものかと思いながら、作業を続けている。
そして、資料を整えるふりをして視界に山田を入れて盗み見ては、すました顔をしているせいかいつもより端正な顔の綺麗さが際立っているように感じて落ち着かない。
春の頃のように、何も気負わずに話せていた頃がすでに懐かしいと思いを馳せていたら、教室の扉が「ガラッ」と音を立てた。
驚いて音の方向を見れば、中峰くんが呆れた様子で立っていた。
「お前、連絡くらいよこせよ!!?」
「あぁー…悪い」
「……ったく」
ため息をつきながら、教室に入ってきた中峰くんは近くの椅子を持ってきて座った。
「三浦さん、久しぶり」
「久しぶり、中峰くん」
さっきまでの静けさが消えてどこかホッとしている自分がいる。
相変わらず、中峰くんは微笑みを携えて今日も絶好調なのだろう。
「2人とも2学期始まったばっかりなのに居残り?」
「あ、実は、先生からたまたま頼まれちゃって……」
「そっかー!じゃぁ、忘れ物を取りに行ったっきり戻らなかったカズくんは、三浦さんのお手伝いをしているわけだ?久しぶりに早く帰れることになった俺を待たせて」
「え?」
「……」
揶揄うように話す中峰くんから山田に視線を戻せば、面白くなさそうな顔をして作業を続けている。
「俺から手伝うって言ったわけじゃない」
「はぁ???」
「五十嵐先生が、ゆうちゃんと俺に押し付けていっただけ」
「いや、どっちでもいいから、連絡しろよ!!玄関ホールで女子達に囲まれかけただろ」
中峰くんが山田の肩を小突いたら「俺のせいじゃないだろ」と山田は余計に不貞腐れた。
相変わらずの人気度合いを再認識したと同時に、そんな人の前で泣いてしまったのかと急激に恥ずかしさが込み上げてくる。
思い出すのをやめて早く終わらせてしまおうと気合いを入れなおして、スピードアップした瞬間に失敗した。
失敗したホチキスの芯を取ろうとしたところ、自然に持っていたものが中峰くんの方に移動している。
フワッと触れた指先が少し固かったのは弓道の影響だろうかと、なんとなく思考を巡らせて我にかえる。
「ククッ……三浦さん、俺も手伝うよ。早く終わらせて帰ろう」
「あ……はい」
展開についていけず、返事しかできない。
どうしてこうも恥ずかしい瞬間ばかり見られてしまうのだろうかと、思っていたら目の前に座っている山田と目が合った。
その目はどこか不安そうで、私にはよく分からない。
「こんなこともできないのか」と、呆れられでもしているんだろうか。
「……健、お前、誰にでもそんなことしてんの?」
「何が?」
「いや、だから、その……こぅ優しく?愛想ふりまきながら?それ、誰にでもやってるとか勘違いされるだろ」
「はぁ???」
山田の歯切れの悪い返答に意味が分からないと中峰くんは不思議そうにしている。
まぁ、確かに中峰くんの微笑みは女子を魅了するとは思うけど、山田がそれを言ってしまったらおしまいでは?
……というか、山田がやっていたそれを勘違いしたのが私か。
さすがモテる人生を送っている2人!お互いに自覚がないのはタチが悪い。
「……手伝わなくていい。あと少しで終わるし、健は玄関で待っててくれればいいから」
いつもの山田だったら「健、ありがとう!助かる」とか言ってはしゃぐはずなのに、つっけんどんな話し方に中峰くんと顔を合わせる。
どこか機嫌の悪い山田に少し戸惑っていると中峰くんが、一息ついて口を開いた。
「……お前、この間の祭りからなんか変だけど、有馬と何かあった?」
「……別に」
まさかここで、山田の彼女の話になるとは思わず、一瞬呼吸を止めてしまった。
しかも、あえてふれないようにしていたお祭りの時の話が目の前で繰り広げられようとしているのだろうか。
「いや、絶対何かあっただろ?祭りの日の朝までは有馬との惚気しか話さなかったお前が、祭り以降1つも話さないって……ね!三浦さん」
「へっ、え!?ぅん?」
中峰くんにまさか同意を求められると思わず、素っ頓狂な返事をしてしまった。
これから一体何を聞かされるのだろうか。
できれば、知りたくないような気もする。
作業の音が止まったと思ったら、山田は深く息をはいてから口を開いた。
「……別れた」
「………………は?/え?」
教室に沈黙が訪れた。
時計の音が、妙に耳に響いている。




