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夏11

浴衣でいつもより動きづらいはずの笑愛ちゃんが小走りで駆け寄ってきてくれた。


「あぁ由宇花、無事で良かったぁ!」


大きく息をついた笑愛ちゃんがその勢いで座ってる私に抱きついた。


「え、笑愛ちゃん?」

「1人にしてごめんね……」


耳元で申し訳なさそうに笑愛ちゃんが呟いたと思ったら、後を追いかけてたユキくんが「良かった」と軽く息をついた。

私は2人に会って初めて、ずっと肩に力が入っていたのが分かった。

その力が抜けると安堵感から一気に涙が溢れてきた。


「はぐれちゃって、ごめんねっ!」


中峰くんに会って落ち着いたはずだったのに、涙腺が再び崩壊した。

みんなが驚いている気配が伝わってきたけれど、今までの夏の出来事全部が思い起こされては苦しくて、どうやって止めたらいいのか分からなくなってしまった。

どうして、山田のことを好きになってしまったんだろう?

どうしたら、山田は私を好きになってくれる?

「友達」をやめる勇気がないのに、「友達」を続けたくない。

話を聞いているだけだったら、まだ耐えられたのに……山田と彼女さんの仲の良い姿がどうしても消えてくれない。

ねぇ、山田、彼女と別れて私を……心の中でぐるぐると暴れ回っている黒い何かがいよいよ溢れ出しそうで、酷い言葉を並べてしまいそうと自分自身を恐ろしく感じている私の背中をずっと笑愛ちゃんが撫でてくれた。



「……ごめ、ん…グスッ」

「もぅ謝らなくていいの!」


一通り泣ききった私が謝れば、笑愛ちゃんがまた一際力を込めて抱きしめてくれた。

その隣にいたユキくんは「三浦さん、今日は帰ろうか」と優しく提案してくれた。


「え、3人とも花火見ないの?」

「中峰?戻ってきたの?」

「まぁそう言わないでよ、千田さん。やっぱり泣いてるんだから、心配ぐらいさせてよ?」


笑愛ちゃんがため息をつきながら、中峰くんに伝えるとやんわりとそれを宥めた。

戻ってきたらしい中峰くんは、フランクフルトを食べている。

お祭りだからか、ずっと何かを食べている気がする。

今まで、山田を通した中峰くんの姿しか知らなかったから、初めて見る姿に思わず笑ってしまった。

ちょっと可愛らしいかもしれない。


「ふふっ」

「由宇花?/三浦さん?」


先程まで泣いて落ち込んでいた私が唐突に笑い始めたため、笑愛ちゃんとユキくんは少し不思議そうな顔をした。

中峰くんは、相変わらずもぐもぐと美味しそうに食べている。


「えぇー三浦さん、俺見て笑ってる?何も面白い要素ない気がするけど……」


笑っている理由に気づいた中峰くんがほんの少し不服そうに言えば、ユキくんが「あぁ」と言って微笑んだ。


「健、ずっと何か食べてるだろ?学校の人気者がただの食いしん坊だって気付かれちゃったな」

「なっ!?男子高校生はお腹が空くんだよ!失礼だな!」

「いや、お前は普通の人より食べるだろ」


ちょっと得意げなユキくんに中峰くんは反論したけど、勝てなかったようで黙々と残りのフランクフルトを食べ切ってしまった。

重くなってしまった空気も気にならないくらいになると祭囃子もどんどん華やかに変わってきて賑わいが一層強まっているのが公園の先から聞こえてくると中峰くんのスマホが鳴った。

それに出ると中峰くんは立ち上がる。


「そろそろ戻らないとだ。三浦さんも2人に任せれば大丈夫そうだし、3人とも気をつけて帰っ……あ!ユキ、千田さん、2学期入ったらみんなで学食行こうぜー!俺、1回は行ってみたくてさー」

「あぁー前もそんなこと言ってたな。いいよ」

「いいけど」

「やったー!カズには俺から言っとく〜じゃ、三浦さん、よろしくね〜」

「う、うん」


学食の件をすっかり忘れていた私は、頷くことしかできなかった。

中峰くんが颯爽と祭り会場に戻るのを軽く見送って、私は帰ることにする。

でも、その前にやっぱりこの2人で花火を見てほしいと思ってしまった。

一緒にいたいと願ったはずなのに、矛盾しているなとは思うけど、せっかく好きな人といられる時間だからという私の勝手な気持ちの押し付け。


「笑愛ちゃん、ユキくん」

「ん?/?」

「……実は、お母さんに連絡を取ったら駅まで迎えにきてもらえそうだから、2人には花火見てきてほしいなって……」


ユキくんが一瞬目を見開いて、そのまま細めた。

嘘を見抜かれそうで思わず笑愛ちゃんの方を向けば、「それなら安心だね」と普通に返された。

笑愛ちゃんの思ってもいない返答に「え、千田さん?」とユキくんが動揺している。


「彼氏に花火の動画でも送ろうと思ってたから、由宇花が大丈夫なら残ろうかな?ユキはどうする?」

「俺は……」

「ユキくん、駅ならすぐ近くだし、笑愛ちゃんのことお願いしてもいいかな?」


多分、ユキくんは私の嘘に気づいているような気がする。

でも、いつも通りの笑顔で「大丈夫」と念を押せば、ユキくんがそれ以上踏み込んでこないことも知っている。


「……駅まで送る」

「そうだね。花火までまだ時間あるし、さすが!ユキ!」


嘘をついているずるい私には、どこまでも優しいこの2人が眩しくて仕方がない。

また「うるっ」ときてしまった私は、唇を軽く噛んでから「ありがとう」と笑うので精一杯だった。




「じゃぁ、由宇花。2学期ね!風邪引かないでよ?」

「ふふ、気をつける」


笑愛ちゃんはもう何度目か分からないくらい念入りに体調について話している。


「三浦さん、またね」

「うん、またね」


ユキくんは最後まで何か言いたそうにしていたけれど、やっぱり最後は折れてくれた。


「ほら、ユキ、行こう!」

「はいはい」


2人の背中を見送って、改札を通る。

電車が来たので乗り込めば、エアコンの風が雨に打たれた身体には少し冷たいなと感じる。

車窓から見えた祭り会場の灯りは朧げで儚さもあって綺麗だなと思った。


翌日、熱を出してしまった私の高校1年生の夏は、こうして終わった。

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