夏9
山田自身も自分の声に驚いたのか「ハッ」と息をのんだのが聞こえてくる。
静まり返った場の居心地の悪さから抜け出したくて、私は口を開いた。
「ま、また、そうやってお父さんみたいなこと言うのやめてよ〜」
思ってもいないことを言葉にするのは難しいし、明るく発しようとして少し震えてしまった。
とりあえず、シャツから出て山田と視線を合わせれば、どこか安堵したような視線を向けられた。
久しぶりに会えて話せているはずなのに悲しい気持ちが混在していて、その視線にどんな風に応えるのが正解なのか私には分からない。
「ほ、ほら、意味分かんないことやってないで、寒そうにしている彼女さんの所に行かないと!」
「ぶはっ!一舞!まだその父親ポジションやってんのかよー!ちょっとビビっただろ〜!」
「美桜ちゃん、アイツ、娘に甘いんだよー!あ、もし良かったら俺達のも使う?」
菅原くんが、私に続いて山田を茶化したことで、男子達はいつものノリに戻った。
ただ、彼女さんだけはその中で困ったようにこちらを見つめている。
その視線に耐えられなくなった私は、近くに立っていた山田に早く行くよう促そうとしてやめた。
「山田」と呼びかけかけて山田の視線が、こちらに向いていないことに気づいたから。
「カズくん」
「あ……美桜ちゃん」
そう呟いて、もう一度視線を私に戻したかと思えば気まずそうに逸らされて、山田は彼女さんの方へ足を進めた。
彼女さんは「勝った」とてでも言いたげな視線をチラリと私に向けたかと思えば、嬉しそうに山田を抱きしめた。
さっきまで隣にいたはずの山田はどこにもいなくて、「2人だけの世界」に行ってしまった山田は「私の知らない人なんだな」と頭の片隅で、冷静に考える。
茶化していたはずの男子達も静かになった。
決定的に突きつけられた現実をこれ以上は見たくなくて、なんとか近くにいた菅原くんに「帰るね」と伝えて、私はバス停から離れた。
早く離れたくて、早歩きから始まって気づいたら走っていたと思う。
頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで、抱きしめられている山田の姿が消えてくれない。
楽しそうに寄り添う2人の光景が今も続いているような感覚に囚われている。
だから、「バシャ」っという音が耳に届いた時には、水溜りの中に立っていた。
「あ……」
とにかく笑愛ちゃんとユキくんに会いたかった私は、花火の会場に戻ろうとしていた。
そして、誰もが避けて歩いていたこの場所で盛大に水溜りの中に入ってしまった。
「最悪っ……」
呟いたところで誰にも聞こえていない。
こんなにたくさんの人がいるのに、どうして山田を好きになってしまったのかと自分の感情を全部否定したくなる。
笑愛ちゃんと色違いの浴衣も、お母さんが一生懸命セットしてくれた髪も夕立のせいで崩れているし、水溜りに入って泥だらけだし、山田と彼女が仲良いところを見せつけられるし……今の私はボロボロすぎて「きっと行き交う人達も心の中で嘲笑ってるんだ」と悲しい気持ちが一層増している。
こんな状態で2人の所に戻っても何も楽しく思えないから、やっぱり帰ろうと決めた時に声をかけられた。
「あれ?三浦さん?」
「……中峰くん?」
りんご飴を持ちながら、甚平を着ている中峰くんがいつもの姿と違いすぎて一瞬誰だか分からなかった。
「えっと……大丈夫?」
「〜っ!!」
「え!?え、泣いて、え、ちょ」
中峰くんの心配そうな表情と優しい声に緊張が一気に解けて、私は往来で堪えきれずに泣いてしまった。
人混みで泣き出した私を中峰くんはあたふたしながらも水溜りから引き上げてくれた。




