夏8
私の声は彼女さんの声で打ち消された。
雨が止んだから、私は立ち去れば良いだけだけれど、タイミングを逃してしまった。
「あの、ゆうちゃん?絆創膏、ありがとう!」
「え!?いいぇ……」
「カズくん、絆創膏貼ってくれる?」
「あ……うん、もちろん」
クラスの男子達は変わらず「美桜ちゃん、良かったね〜」と集まっている。
彼女さんから山田と同じように呼ばれて少し驚いてしまった。
別にあだ名くらい好きに呼んだらいいとも思うけれど、山田との唯一の特別が消えてしまったようにも思える。
バス停の椅子に座った彼女さんの前に山田が跪いて、手当てを始めた。
先程の恋人繋ぎといい、跪く動作といい、あまりに自然で……所謂、お似合いという言葉がぴったりで、羨ましいのに敵わないと突きつけられたように思う。
そうやって2人の姿に魅入っていたら、突然クラス男子の1人である菅原くんに話しかけられた。
「三浦さん、今日可愛いね」
「え?あ、菅原くん、ありがとう……だけど、雨に少し濡れちゃって」
「あぁまぁそれがなお良いというか……あ!俺も!ほら!眼鏡濡れちゃってさ」
「とりあえず服で拭くよ〜」と言いながら菅原くんは陽気に話し続ける。
適度に相槌を打ちながら、2人に意識が向かないよう菅原くんの話に耳を傾けていたら、視界が布で覆われた。
「え、な、何!?」
あまりに突然のことで、これが誰かのシャツであることだけしか理解できず、男子達のイタズラにしてはタチが悪いと思わずにはいられない。
「やめてほしい」と言おうとして、菅原くんの不思議そうな声が先に発せられた。
「一舞?お前何やってんの?」
「…………」
長い沈黙が訪れた。
きっとこの場にいる誰もが状況に置いていかれているように感じる。
そして、この沈黙を破ったのは山田の彼女さんだった。
「カズくん?何してるの?」
その声に息をのむ気配がした。距離的に山田だろうと推測する。
彼女さんの可愛らしい声が心なしか怒気を含んでいるようにも聞こえる。
「えっと、これは、その……寒いと思って!」
「はぁ?だったら、美桜ちゃんに!貸してやれよ……三浦さん、寒くなった?俺ので良ければ羽織る?」
「だ!ダメ!それはダメ!!」
「はぁ??何で、一舞の許可が必要なんだよ?」
菅原くんが呆れたように聞き返している様子に私は何のアクションもできずにいる。というよりも、この不思議な状況に固まっているというのが正しい。
山田の考えていることはよく分からないけれど、私は断じて寒くない。
先程の様子からして彼女さんの方が靴擦れになった上に私より濡れていた。
だから、寒さの心配をするなら彼女さんの方で、誰しもが山田の行動の違和感に疑問をもたずにはいられない空気になっている。
それを壊すように山田が口を開いた。
「菅原!」
「あ“?」
「菅原は!ゆうちゃんに変なことしそうだからダメ!」
「はぁ!?普通に喋ってただけだろ!?人聞き悪いな!!」
「いや、菅原がゆうちゃんの彼氏になるとか俺、認めない!!!」
山田の声が、静かなバス停でやけに大きく響いた。
その声はまるで迷子の子どもが泣き叫んでいる時みたいな寂しさに満ちていたように思える。




