01-06 ダンジョン・コア
地竜の行動範囲だろうか、大きな洞窟が続いた。
直径10mほどの通路を10分ほど歩き、300m四方はあろうかという巨大な空間に出る。
「ここが奴の巣か? お宝溜め込んでたりしねえかなあ」
「真なる竜はともかく、地竜でそう言う話はあんまりないみたいですねえ。期待はしない方が良さそうです」
「ちぇっ」
舌打ちしつつ周囲を見渡す。
1、2分ほど視線をさまよわせた後、不審そうに口を開いた。
「っかしいなあ。先に進む通路っぽいものがないぜ?」
「壁の上や天井は?」
「そっちも一応見たけど見あたらねえ。奥に奴のねぐらっぽいものはあったけどよ」
この世界にも原始的な望遠鏡はあるが、モリィの《目の加護》はそれを遥かに上回る遠視能力を持つ。少なくとも人間大の生物が通れる穴があれば見逃すとは思えなかった。
「ふむ・・・取りあえず周囲をぐるっと回ってそこまでいきましょう。
近くで見ればまた何か見つかるかも」
「んだな」
広い空間を右手回りでぐるっと回っていく。
十分ほど歩く間に異常は見つからなかった。
岩壁のくぼみに地竜の巣はあった。
地竜が体を丸めればすっぽり入りそうな空間で、砕けた砂利が敷き詰められている。
モリィが壁回りをざっと見渡して首を振る。
「ここも・・・それっぽいのはねえなあ」
「ですか」
ヒョウエが巣の中心に入り、杖を砂利の間に突き立てた。
何をするのか聞こうとして、ピクっと足元が揺れたような感覚を覚える。
「――? 今何したんだ?」
「周囲の壁や床、天井を調べてみたんですよ。念動力の波を僅かに送り込んで、物質の状態を調べる術と併用して中身を探る。念響探知とでも申しましょうか」
「えーと・・・」
「大工がレンガ壁を木槌で叩いて悪いところを調べたりするでしょう。そんな感じで一つ」
「なるほど!」
モリィの反応に苦笑しつつ、杖を引き抜いて壁の一箇所を目指して歩いて行く。
「そこに空洞がありますので多分・・・」
「ああ、これかな?」
モリィが壁の僅かな出っ張りをぐいっと押し込む。
でっぱりは音を立てて引っ込み、ごりごりごりという音と共に壁の一部が開いて通路が現れた。
「おっしゃドンピシャ!」
「・・・」
唖然とした表情でヒョウエが固まった。
ガッツポーズを取っていたモリィがそのヒョウエに気付く。
「あー・・・そのだな」
「はいはいおみごと。これからはおまかせしていいですかね」
「悪かった、悪かったからすねんなよ」
通路の先は今までの洞窟とは全く違う、磨き上げた黒曜石を削りだして作ったような空間だった。
床も壁も天井も光沢のある黒い石のようなものでできており、継ぎ目もなく完璧な正方形の通路がどこまでも真っ直ぐ続いている。
「・・・なあ、コアのエリアってこういうもんなのか?」
「わかりません。ダンジョンによってまるで違うという話が・・・」
ヒョウエが目をしばたたかせた。
「え?」
モリィがキョロキョロと周囲を見渡す。
いつのまにか、二人は星のきらめく空間にいた。
一応は存在していたはずの壁も天井もなく、足元が床を踏みしめている感覚はあるが肝心の床が見えない。
「ど、どういうことだよおい!?」
「落ち着いて。動かないように」
モリィが黙り込むと共に動きを止めたのを確認して、少し考え込む。
「モリィ。いつのタイミングで周囲が切り替わったか、わかります?」
「・・・・・・・・・・いや。気がついたらこうだった。いきなり切り替わったんじゃねえ。|気がついたらこうなってた《・・・・・・・・・・・・》」
それを聞いて再びヒョウエが考え込んだ。
「今まで見た限りではモリィの《目の加護》はかなり強力です。闇も見通せるし、どうも魔力も見えるみたいです。動体視力も高いし、遠くのものも細かいところも見える。
でも今回に限っては切り替わった瞬間に気がつかなかった」
「・・・?」
「つまり、今見えてる景色は僕たちの心に送り込まれた幻かも知れないと言う事ですよ。
視覚に働きかけるタイプの幻なら、多分モリィくらいの《目の加護》があれば見抜けないまでも違和感は感じるんじゃないかと」
「確かに、なんて言うか・・・説明はしにくいんだが、見え方に違和感があるな」
モリィの言葉にヒョウエが頷いた。
一口に幻と言っても二種類ある。
一つは光学的に幻像を出現させる、言わば立体映像に近いタイプ。
もう一つは人間の精神に働きかけるタイプだ。
前者は大がかりな幻は見せにくいし、周囲と合わせないとあからさまな違和感を感じてしまう欠点があるが、魔力干渉で打ち消せないしその場にいる全員が見える。
対して後者は対象にしか見えず魔力干渉の影響も受けるが、どんな幻を見せることもできるし、解呪か精神干渉をはねのける術を使えない限り自力脱出はほぼ不可能だ。
「けどそれっておかしくねえか? あたしはともかくお前は凄い魔力があるんだろ? 半端な術は効かねえんじゃねえか?」
「それですよ。だから考えられるのは、これが単純に恐ろしく強力な術であるか、もしくは」
「もしくは?」
「ここが既にダンジョン・コアの中ではないかと言うことです」
「へっ?」
思わず洩れたまぬけな声にヒョウエは答えず、ただ厳しい顔だった。
ダンジョンは神の夢であるとは既に述べた。
ダンジョン・コアはまさしくその核、神の心のかけらそのものだ。
もちろん実体などあるはずがない。
「ちょっと待てよ、ダンジョン・コアって何かこう・・・魔力結晶みたいな水晶玉みたいなもんじゃねえのか? あたしはそう聞いたぞ」
「それは安定させた場合ですよ。安定させたコアは物質化して、宝石や水晶玉みたいな形を取ります。ただ、そうするには意志の力でコアを制御下に置く必要があります。
ただ、神の心の一部・・・感情とか記憶とか残留思念とかそういうものですから、安定させるまでは目に見えない事も多いんだそうですよ。
僕たちはその見えないコアの中――つまり、神の夢に取り込まれたんです」
ぬう、とモリィが唸った。
「じゃあどうすんだよ」
「もっと奥へ進みます。コアの中心に到達したらコアを意志力で押さえ込んで安定化。
そうしたらそのままダンジョンを脱出できます」
「できんのか?」
モリィの言葉に肩をすくめる。
「やってみなくちゃわかりませんね。失敗しても死んだりは余りしないみたいですけど・・・」
「余りってのが不安だなおい」
「ごくごく一部とは言え相手は神ですからね。それと意志力をぶつけ合おうっていうんです、下手を打てばそれはただじゃすみませんよ」
「それもそうか」
モリィが大きく息をついた。
「で、どっち行くんだ?」
「どっちでもいいから先に進みましょう。多分それで中心にまでいけます」
「そんなのでいいのか」
「夢ですから」
はぐれないよう、二人は手を繋いで歩き出した。
モリィが左手を差し出し、ヒョウエは杖を左手に移して右手でそれを握る。
(・・・綺麗な手だな)
ヒョウエの手は本当に少女のような滑らかさと白さで、あかぎれや染みと言ったものには一切縁がないようだった。
もっともモリィは気付かなかったがその手のひらは意外に硬い。
職人か、あるいは戦士か。何かを握って振るう手だった。
「来ますよ。心を強く持って下さい」
「え?」
呼びかけられた声に我に返って顔を上げる――そしてモリィは言葉を失った。
小さな女の子が泣いている。
暗い顔をした男女――両親であろう二人に手を引かれ、行きたくないと泣いている。
彼らの後ろには瀟洒な作りと広い庭、巨大な樹のある豪邸。
もう帰れないとわかっていて、でもそれを認められずに泣いている。
「―――――っ」
現れた時と同様、情景は唐突に消えた。
見えるのは先ほどまでと同様、無数の星のきらめきだけ。
「ほら、行きますよ。手を離さないで」
「あ、ああ・・・」
いつの間にか足が止まっていた。
手を引かれて、何も考えずに歩みを再開する。
「なあ、今のは」
「コアの影響ですよ。僕たちは神の精神世界にいるんです。影響を受けないわけがありません。昔の記憶やトラウマを刺激されたり、神の感情や思念に同調してしまったりすることが多いようですね」
「それが意志力のぶつけ合いって事か」
「はい。流されずにコアを制御できれば僕たちの勝ちです」
言葉が途切れる。
二人は手をつなぎ、歩み続けた。
それからもコアの影響は二人を襲い続けた。
突然に巻き起こる激しい怒りの感情。
同様に巻き起こる対象のない憎悪。
母親らしき女性の遺体にすがりついて泣く先ほどの少女。
それとは別の黒髪の少女。ぽつんと一人孤立し、遠巻きに囲まれている。
同じ少女が血を流して倒れる貧民らしき少年を抱き上げ、慟哭する光景もあった。
「・・・・・・」
随分前からモリィは無言になっていた。
必死でこらえてはいるが、叫び出したくなる事も何度かあった。
左手に感じるヒョウエの手の感触がなければそうしていたかもしれない。
ちらりと、いつの間にか自分を引っ張る形になっている少年の後ろ姿を見る。
ここまで歩いてきて、少なくとも外見的には全くショックを受けた様子は見えない。
昂ぶったとき、ショックを受けたときに何度か手を強く握ったが、ヒョウエの方から強く握ってきたことはない。
「・・・結構すげえやつだな、おまえ」
「え、何か?」
「何でもねえよ」
「着きました」
ヒョウエが足を止めたのはそれからまもなくのことだった。
固い表情のモリィが無言で頷く。
無数の星のきらめきの中、星団のような柔らかい光の固まりが目の前にあった。
「これがそうか・・・それでこれをどうするんだ?」
「強いイメージを作り上げて、その形にコアを封じる・・・らしいですね。
とにかくやってみますよ」
繋いでいた手が離れる。
僅かに名残惜しさを感じて戸惑うモリィの目の前に、今度はぬっと杖が突き出された。
「すいません、ちょっと持ってて貰えます?」
「あ、ああ」
見ればここまで念動で運んできた地竜の魔力結晶もいつの間にか床?にあった。
意外と重い呪鍛鋼の杖を受け取り、ちょっとためらってから口を開く。
「その、な」
「なんです?」
「・・・気を付けろよ」
「任せて下さい。何せ僕は大魔術師ですから」
振り返ったヒョウエがにっこりと笑い、モリィが思わず苦笑した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
沈黙が降りた。
ヒョウエが目を閉じ、両手を光の塊に差し入れる。
モリィも無言でそれを見守る。
「!」
突然周囲の風景が変わった。
これまでのどこか虚ろなそれではなく、圧倒的に生々しい質感を備えた現実にしか思えない情景。
先ほどの、二人目の少女と貧民らしい少年が遊んでいる。
その周囲を囲んだ男たちが少年を連れて行こうとする。
少女は少年を取り戻そうとするが、脅しつけられて怯えたように逃げていく。
次に少女が彼を見たとき、少年は体中を青あざだらけにして死んでいた。
『僕が強ければ!』
少女が泣く。
『僕にもっと勇気があれば!』
少女が叫ぶ。
『僕が死なせたんだ! 僕が!』
天を仰いで慟哭する少女がヒョウエに似ているように見えて目をしばたたかせる。
その瞬間、白い光が全てを押し隠した。
気がつくと黒い石でできた通路の終点に立っていた。
ヒョウエの方を見ると、開いた手の上に正十二面体にカットされた巨大な赤い宝石がある。
「・・・なあ、ヒョウエ。今のは・・・」
振り向いたヒョウエが笑顔で片目をつぶり、指を一本口に当てる。
それで、モリィはそれ以上言葉を続けられなくなった。
モリィから杖を受け取り、巨大魔力結晶を再びふわりと浮かべる。
「さて、じゃあ戻りましょうか。折角ですし、ダンジョンマスターの権限を行使させて貰いましょう」
「権限?」
「見てて下さいよ・・・えいっ」
ヒョウエが赤い宝石に何やら念じる。
次の瞬間、二人はダンジョンの入り口にいた。
「・・・えっ? ええええええ!?」
「この宝石を手にしたことで僕はこのダンジョンの主になったんです。
このダンジョンの中なら大概の事はできるんですよ――こんな風に」
戸惑うモリィをよそに、再び宝石に念じる。
ガース達四人の遺体がモリィの横に現れた。
こちらに気付いた兵士達が驚きの声を上げている。
ギルドの職員が泡を食った顔で駆け寄ってきた。