01-04 ダンジョン
それ以降は幸い他のモンスターに会うこともなく、入り組んだ洞窟を二十分ほど歩いて二人はモリィのパーティが壊滅した場所に到着した。
「・・・」
「・・・」
地面には死体が四つ転がっていた。
巨漢の戦士。革鎧を身につけた女戦士。長身の男。革服の少年。
顔を歪めてモリィがうつむき、ヒョウエが静かに瞑目する。
「ふいご狼の群れに奇襲喰らってな・・・ランタン落とされて、あっという間だった。お前みたいな術師が一人でもいればなあ」
「ダンジョンの中で光を無くした時点で不利は否めなかったと思いますよ。灯りの呪文なんて光の魔法の初歩ですが、それでもみんなが習得してる訳じゃありませんからね・・・」
この世界でもやはり専門の術師になるほどの才能を持つものはそう多くはない。
駆け出しであれば一人も術の使えない冒険者パーティも珍しくはなかった。
才能が無くても初歩の呪文の一つ二つなら習得は不可能ではない。
冒険者、あるいは一般の商人や職人でも灯りや着火、血止め、水の浄化などの初歩だが便利な呪文を習得しているものはたまにいる。
それでも不可能ではないと言うだけで簡単に習得できるわけでもない。
術師にとっては初歩でも凡人は数ヶ月から数年修行してようやっと、というのが普通だ。
大方の人間はそんな事をするくらいなら松明やマッチといった便利な道具に頼る。
ちなみにヒョウエとモリィは「二人とも」闇の中でも不都合無く行動できるため、明かりは本来余り必要ない。
モリィが遺体の傍らにかがみ込んだ。
髪を一房ずつ切り、冒険者の身分証である板状の認識票、食料や現金、いくつかの装備などを回収していく。
認識票は四人とも朱色に塗られた木製。駆け出しの証だ。
全員の遺髪と認識票を集めながら、ぽつぽつとモリィが話し始めた。
「ガースのおっさんはさ、兵役があがりになって冒険者になったんだ。腕は立つけど冒険には不慣れでさ。それでも頼りになるから自然とリーダーになってた。
アルトルードの姐さんは貧乏騎士の娘でさ、結婚しようにも支度金が無くて修道院に行くか家を出るかしかなかったらしい。剣の腕はちょいとしたもんで、いつかぴっかぴかの板金鎧を買って立派な女騎士になってやるんだー、なんて言ってたっけ。
槍使いのジェイドは陰気だけど悪い奴じゃなかった。ヤロスラは狩人上がりで、小銭握って娼館行こうかどうか迷ってるようなウブなやつでさ・・・」
ヒョウエは何も口を挟まない。
「まだ2、3回一緒に依頼をこなしただけだったけどさ、いいパーティだったんだ。
いつかは黒板、いや金板の冒険者に成り上がってやろうってさ。なのに・・・」
ヒョウエに向けたモリィの背中が震える。
「・・・」
「・・・」
しばらく沈黙が降りる。ヒョウエは何も言わない。
「すまねえな。もう大丈夫だ。さ、行こうぜ」
振り向いたモリィの顔に涙のあとはなかった。
「で、これからどうすんだ。
ひょっとして"核"を攻略するのか?」
「まあ場合によっては。取りあえずはいけるところまででしょうか」
ダンジョンとは神の心象、神の夢であると言われる。
何らかの理由で神の心象が地上に顕現したものであり、それゆえにそれまで何もなかった荒野や山中、場合によっては街中にも現れうる。
「そのへん良くわかんねえんだよな。神さんの夢がなんでダンジョンになるんだ?」
「まあ一言で言うと・・・情報とはエネルギーだからです。
通常は問題にもなりませんが、膨大な情報が動けばそれが物理的な現象を産み出します。思考だけで物理現象を起こすエネルギーを発生させる情報生命体、それが神なんです」
「すげえ、全然わからねえ」
「でしょうね」
ヒョウエが苦笑しながら話を続ける。
「平たく言えば神は念じただけで世界を改変できます。念じるとそれが世界に満ちる魔力の源に波紋を起こし、現実を改変する。
問題なのはこれが無意識でも起こってしまうことで、そうですね・・・モリィも寝ぼけて何かしてしまうことはあるでしょう?」
「まあな」
「モリィが寝ぼけてもベッドから落ちる程度ですが、神様が寝返りを打つとダンジョンができるんです。それが今のところの定説ですね」
「はた迷惑な話だな・・・」
顔をしかめるモリィにあははと笑う。
「ちなみに神様のそれを技術として人間にも扱えるように落とし込んだのが魔術、もっと言えば"真なる魔術師"の使う真なる魔術という奴です」
「・・・よくわかんねえけど、普通の魔術とどう違うんだよ」
「僕たちが使う魔術は、例えば発火なら発火、治癒なら治癒と、それぞれ別の呪文です。
呪文は一つ一つ覚えなくちゃなりませんし、治癒を覚えたから解毒も使えるなんてことはありません。
対して真なる魔術は基本的に万能です。向き不向きはあったそうですが、念じるだけでどんな魔法でも使えるそうです」
「なんでみんなそれ身につけねえんだよ?」
「まあ習得も制御もメッチャ難しいので・・・言ってみれば真なる魔術は『念じて現実を改変する』というだけの術なんですよ。それで何かをするには、その概念を理解していることが重要になります。
触れずにものを動かすとか明かりを出すくらいなら誰でも何となくできますが、例えば傷を治すにはどうして傷が治るか理解していないといけませんし、雨を降らせるにはどうして雨が降るのか理解していないといけないんです」
「はー」
「真なる魔術を呪文ごとに細切れにしたものが今の魔術ということになりますか。
概念の理解その他をひっくるめて、『そう言う現象を起こす念じ方』として呪文一つごとに丸暗記させるわけです」
着火の呪文を習得するのはマッチを買うようなもの、真なる魔術師は頭の中にマッチ工場を持っている、と評したオリジナル冒険者族がいるそうだが、ヒョウエも大体同意見だった。
「話を戻しますが、よほど危険なダンジョンでなければ消滅はさせませんよ。
僕も色々と入り用なので」
「ま、金はあって困るこたぁねえわな」
ダンジョンは心象ゆえに複雑な構造物であり、深奥にはその核となる何かがある。それを破壊すればダンジョンは消失するが、容易いことではない。
そして、攻略するがわも必ずしもダンジョンの消失を目的とするわけではない。
ダンジョンからは魔力結晶をはじめとして様々な物品が産出される・・・つまり金の成る木でもあるからだ。
有名なダンジョンの中には千年にわたって延々と冒険者が潜り続けているものもあるし、ダンジョンの回りに村ができ町が生まれることも珍しくはない。
一方でダンジョンを放っておけばそこから延々とモンスターが溢れてくるため、ダンジョンが見つかった場合破壊するにしろ維持するにしろ、軍を出して警備するのが普通だ。
特に危険なダンジョンの場合、そうした軍がダンジョンを攻略してしまうこともある。
閑話休題。
ぱぐしゃあっ、と音がしてオーガの頭蓋が四散した。
重い音を立てて2mを越す巨体が倒れる。
周囲に付き従っていたゴブリンやホブゴブリンの群れは既に全滅していた。
「お疲れさま」
「そりゃまあ残り魔力を気にしないでいいんだからな。こんな楽なダンジョン探索はねえだろうよ」
二人が笑みをかわす。
モリィが雷光銃の魔力残量を確かめ、ヒョウエが金属球についた血や体液を振り落とす。
その間に地面に転がるモンスターたちの体は薄れ、空気に溶けて消えていった。
後には透明な、でこぼこの水晶のかけらの様なものが転がっていた。
ヒョウエが杖をかざすとそれらがふわりと浮かび、左手に提げていた袋に収まる。
ゴブリンのものは小指の爪ほど、ホブゴブリンのそれはもう少し大きく、オーガのそれはクルミほどの大きさがあった。
ダンジョンが神の夢であれば、モンスターは神の想念の泡だ。
ダンジョンの中にいるモンスターはダンジョンと同じく魔力で形作られた存在であり、倒せば今のように雲散霧消する。先ほど倒したゴブリンや虫たちも同様だ。
そして、それが高レベルの冒険者たちが人並み外れた能力を持つ理由でもある。
魔力とは生命力であり、現実を変化させる力でもある。
魔術とは魔力を介して現実を改変する技術に他ならない。
生命もまた本質的には強力な魔法であり、生贄や生物の一部が触媒として魔術に用いられるのもそれが理由だ。
そして生命の核が砕けると命の力は魔力として放出され、それを浴びた者は変化を起こしやすくなる。つまり成長しやすくなる。
人間の枠を越えた身体能力やあり得ない速度での技術の習熟、《加護》の強化、精神的成長に至るまでをもたらすのだ。
特に肉体までも魔力で構成されたモンスターのたぐいからはより純度の高く濃密な魔力が放出される。術師や武術家がしばしば修行として冒険者の道を選ぶのも当然だった。
更に倒した後にはダンジョンコアに相当する核・・・魔力結晶が残される。
様々な魔道具のエネルギー源として使われるそれが、ダンジョンのもたらす最大の資源であった。
「大漁だな。それでいくらくらいになるかな?」
「オーガのが金貨40枚。残りが全部で銀貨五十枚くらい・・・あわせて4500ダコックってところでしょうか」
この世界の貨幣はほとんどの国で規格が統一されており、白金貨一枚=金貨十枚=銀貨百枚=銅貨千枚になる。40ダコックあれば冒険者ギルドの直営宿屋で食事付きで大部屋に泊まることが出来た。
ちなみに古代ではたとえば1金貨=20銀貨=480銅貨などというわかりづらい交換レートが、しかも国ごとに違っていたため、現在の通貨システムが成立して以来、商業と税制が大幅に発展したと言われている。
国同士の貨幣を統一するなどという大事業がいかにして成立したかを明白に語るものはないが、冒険者族の仕業と言うことは大体において衆目が一致していた。
「しかし一段強いのが出て来ましたね」
「そうだな。そんなに深くは降りてねえはずだけど」
「大抵のダンジョンは階段とかで階層が変わりますけど、中にはひたすら平べったくて、奥に行けば行くほど階層が深くなるのもあるそうですから、予断は禁物ですね。
ましてやここは人工物じゃなくて自然洞窟を模したダンジョンですし、明白な階層の境目がないというのもありえるかと」
「なるほど」