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毎日戦隊エブリンガー ~最強ヒーローの力で異世界を守ります~  作者: ケ・セラ・セラ
第一章「怪物退治の専門家」
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01-02 "大魔術師(ウィザード)"の少年


「ん・・・」


 鼻をくすぐる香草茶の香りでモリィは目を覚ました。

 慌てて上半身を起こすと、小鍋を火にかけている少年の姿が目に入った。

 先ほどは気付かなかったが全体的に華奢で、女性としては平均的な身長のモリィより頭半分背が低い。

 モリィは改めて少年の格好を上から下まで眺める。


 年の頃は15、6か。魔法使いの帽子に、豪奢なローブ。

 ベルトにぶら下がった無数の革ポーチとナイフ、肩に斜めに掛けた布かばんを除けば、このまま宮廷に上がっても違和感の無い服装だ。


 それでちょっと考えてみればわかることだが――まともな神経の人間ならそんな格好で冒険に赴くわけがない。

 専業術師でも厚手の麻の上下と外套くらいは身につける。


 水着のような鎧だの、豪華なローブだの、果てはドレスや夜会服だのを着て冒険に赴く、そうしたまともじゃない神経の持ち主を冒険者語では「カブキモノ」と呼んでいる。

 派手な奴、ちょっと頭のおかしい奴、そんな意味だ。


 まあ冒険者の間でも、カブキモノは腕が立つと評するものはいる――実力もないのにそんな格好をしている奴は大概早死にするからだ。

 豪華な衣裳もそれだけの金を稼ぐ実力があるという意味はある。

 とは言えこの少年については、やはり仮装にしか見えなかったが。


 腰のホルスターを探って雷光銃の存在を確かめ、安堵の息をつく。

 声をかけようとして、自分が毛布の上に寝かされていた事に気付いた。


「あ、目が覚めましたか。痛むところはあります?」

「痛むってそりゃお前」


 怪我してるんだから痛いに決まってるだろ、と言おうとして身を起こしたときに痛みも、ついでに体のだるさもなかったことに気付く。

 切られたはずの左腕を動かしてみたが、やはり痛みは感じない。

 おまけに切り裂かれていた服や革鎧まで綺麗に直っている。


「これお前が? ひょっとしてポーション使ってくれたのか?」

「いえ、魔法で。物質変性系は得意ですし、治癒系も初歩なら使えるので」

「治癒の魔法が使えるのか、すげえな!」


 感心するモリィ。

 この世界の魔法は俗に魔法百統と呼ばれるくらい多種多様で、その中で治癒の系統に才能がある者はそう多くはない。

 治癒術の心得があれば一生食いっぱぐれないと言われているくらいのものだ。


「僕としては変性の術に驚いて欲しいんですけど、まあ術師じゃない人からするとそんなものですねえ・・・あ、どうぞ。落ち着きますよ」

「お、すまねえな」


 渡してきたスズのカップを礼を言って受け取り、意外に上物の香草茶を音を立てずに喉に流し込む。

 ささくれ立っていた神経がリラックスしていくのがわかった。

 ゆっくりと、半分ほどを飲み干したところで大きく息をつく。


「それはともかく助かったよ。治療までして貰って借りができちまったな。

 おまえ、名前は? あたしはモリィだ」

「いえいえ、名乗るほどのものではありません」


 きらりーん、と星が散りそうな勢いでウィンクする少年。

 気まずい沈黙が降りた。


「・・・・・・・・・・・・・・」

「いやあ、いっぺん言ってみたかったんですよね!」


 しばしのあと、輝かんばかりの笑顔で断言する少年。


(あ、こいつ腕は立つけど馬鹿だ)


 そうモリィは確信した。

 そして――後でわかる事だが――余り間違っていなかった。


「・・・で、改めて聞くけどお前の名前は?」

「僕はヒョウエです。雷光銃のモリィさんですね」

「ヒョウエ? どっかで・・・え、あたしの事知ってんのか?」


 意外そうに目を丸くするモリィ。

 実のところ彼女は冒険者を始めて一年になるかならないかの駆けだしだ。


「まあ雷光銃なんて珍しいもの使ってる人はそうはいませんし。古い冒険者で雷光のフランコって人がいましたけど、それにしたって下手すると百年近く前ですしね。

 その雷光銃はひょっとして彼の?」

「さーな。もらいもんだし」


 つまらなそうな口調にヒョウエは追求するのをやめた。

 それをちらり、とモリィが横目で見る。


「それでお前はカブキモノ・・・いや、冒険者族か」

「よくわかりますね」

「そりゃそんなまぬけな格好で黒目黒髪っつったら冒険者族と相場は決まってるだろ」

「まぬけはひどいなあ」


 けらけらと笑うヒョウエ。

 こうした正気を疑う格好で冒険に出る者が「カブキモノ」と呼ばれるのは先に述べた。

 その文化的源流になったのが「冒険者族」と呼ばれる人々である。


 冒険者族は古くは勇者などと呼ばれていたのが文献に見える。

 時折いずこからともなくやってくる者達で、たいがいは黒目黒髪。剣なり魔法なり知識なりで名を残してきた。


 魔王を倒して王になったものもいれば、冒険者ギルドを設立したものもいる。

 民主主義を導入しようとして盛大に失敗したもの、揚げ物のための油の精製と品種改良を成し遂げたもの、複式簿記をもたらしたもの、カレーライスを作ったもの。

 ノーフォーク農法を導入したもの、マッチを作ったもの、公衆トイレを普及させたもの、板ガラスの製法を確立したもの、メートル法原器魔術を完成させたもの、いろいろだ。


 冒険者族を先祖と公言する家も少なくなく、そうした子孫達もまた冒険者族を名乗り、優れた力を持っていることが多い。

 そもそも冒険者という言葉自体、彼らが使い始めたという説もある。


 文化的にもかなりの影響を与えており、「サムライ」と言えば「戦士の中の戦士」のような意味になるし、「カタナ」は最高の剣の代名詞だ。

 和服っぽい衣裳や装束もよくあるし、「カンジ」や「カナ」と称される冒険者族語の文字も「何となくかっこいい」という理由で看板などには良く用いられていた。


 そんな事を思い出しつつ、茶を飲み干す。

 ふう、と吐息がこぼれる。正直こんなうまい茶は久しぶりだった。


「まだありますけど、お代わりいりますか」

「ありがてぇな、貰おうか・・・ん?」


 茶を淹れていた小鍋の方を見て奇妙なことに気付く。

 湯を沸かしているのだから当然小鍋と、足の長い五徳がある。

 しかし鍋を温めるべき火やまき、炭といったものが存在しない。


「あれ? お前今、どうやって湯を沸かしてたんだ?」

「こうやってですよ」


 ヒョウエが一本指を立てる。

 ぼっ、とロウソクほどの小さな炎が指の先に灯った。

 モリィがヒュウッ、と口笛を吹いた。


「すげえな。ええと、光に治癒に修理に炎で四系統・・・いや、ゴブリン倒した奴も含めれば五系統も魔法使えるのか!」

「あれは念動の術ですね。得意なのはそれと変性ですけど、大抵の系統は初歩なら使えますよ。まあ本当に初歩だけですけど。たとえば火の術はこの"発火(イグナイト)"だけですし」


 この世界に数多くの魔法系統があるのは先に述べたが、少なくない術師が単一系統、下手をすればたった一つの魔法だけを習得して磨き上げる。

 "火球(ファイアーボール)"の魔法だけを徹底して鍛える"炎投げ師(フレイムスローワー)"などが典型例で、軍隊や冒険者の間ではどこにでも見られる人々だ。


 そこまで極端でなくても一系統の術に専念する者は多い。

 例えば治癒の術を使う癒者、音の術を使う芸人、天候の術を使う雨乞い、船に乗り込んで風を操る風呼び、修復の術を使う鍛冶屋など、大概の職業では一系統の術が使えれば十分食って行けるし、そもそも多数の術を習得するには相応の才能が必要だというのもある。


 そうした者達が火術師、治癒術師などと系統の名前を冠して呼ばれるのに対し、複数の系統を、それも高レベルで身につけたものが"大魔術師(ウィザード)"と呼ばれる。

 彼らはまさしく魔法の達人であり、畏敬の対象であった。


「思いだした。お前『六虎亭の大魔術師(ウィザード)』か!」

「へえ、そんな名前で呼ばれてるんですか。なるほど"大魔術師(ウィザード)"。悪くないですね」


 満更でも無さそうな顔で頷くヒョウエに、モリィが思わず突っ込む。


「いや馬鹿にされてるんだよ気づけよ! 今時"大魔術師(ウィザード)"ってほめ言葉じゃねえだろ!」

「わかりますけどね。それでも嬉しいじゃないですか?」


 本来"大魔術師(ウィザード)"が魔法の達人であり畏敬の対象であることに間違いはないのだが、実のところそんな達人は今のご時世ではそう多くない。

 現在では冒険者や街の便利屋などに見られる、複数系統をかじって雑多な呪文を習得した器用貧乏な術師への皮肉として使われる事が多かった。


「そーかぁ、大魔術師かあ」

「・・・」


 その辺を知らないはずはないだろうに、それでも嬉しそうにしているヒョウエ。

 お代わりの香草茶を口にしつつ、モリィはこっそり溜息をついた。

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