01-01 雷光銃の少女
「かくて真なる魔術師らはこの地を去りて、天に九十九の新たな神となりぬ。
ただ一人、真なる魔術師たちの長兄のみ地に残り、我らを守りたもう」
――創世神話の一節――
はあ、はあ、はあ。
荒い息が洞窟の岩肌に反響する。
はあ、はあ、はあ。
呼吸を整えろ。
奴らはすぐそこまで来ている。
はあ、はあ、はあ。
手にした雷光銃――強力な古代の遺物だ――の水晶目盛を確かめる。
やはり残存エネルギーはほぼからっけつ。
仲間を失い、雷光銃を乱射しながら逃亡した、当然の結果だ。
後は自前で魔力をひねり出して供給するしかない。
だが魔力を練るには体力がいる。
疲労困憊した体ではろくに魔力を作れない。
「ちっ、ついてねえ」
どうにか呼吸を整え、モリィは悪態をついた。
まだ少女と言っていい年齢だ。やや釣り目ぎみの黒い瞳、無造作に縛った肩までの黒髪。
蓮っ葉で勝ち気そうな顔立ちに浮かぶ汗を、左手のグローブで無造作にぬぐう。
大きな武器を持たず、引き締まってはいるが豊満な体を闇に紛れる濃紺のタイツとつや消しした茶色の革鎧に押し込めているあたり、斥候や技能屋と呼ばれる類の人種であろう。
そのタイツと革鎧もあちこちが切り裂かれ、深手ではないが血がにじんでいる。
(――撃てて数発ってところか)
戦闘では滅多に使わない、腰のナイフを意識する。
魔力が尽きたなら後はこれを使うしかあるまい。
両手で構えた雷光銃を額に当て、目を閉じて深呼吸を一つ。
闇に閉ざされた視界の中で、無数の足音が聞こえる。
数分と掛からず追いついてくるだろう。
ダンジョンが生成するクリーチャーは大方闇の中でも目が見える。
先ほどの戦闘でパーティがあっという間に壊滅したのもそのためだ。
足音がいよいよ近づいてくる。
視覚ほどではないにせよ鋭い聴覚は、彼我の距離をほぼ正確に割り出していた。
まぶたの奥に顔が浮かぶ。今は思い出の中にしかいない、父と、母と、祖父。
そしてもう戻れない、生まれ育った場所。
「クソッタレめ、こんな所で死んでたまるか。
あたしには、あたしにはまだやらなくちゃいけないことが・・・」
彼我の距離が20メートルに縮まったところでモリィは岩陰から飛び出した。
「あるんだ!」
「ギィッ!?」
30を越すゴブリンの群れの中、ひときわ大きい一匹――恐らくホブゴブリンという奴だ――と、目についた二匹に流れるような三連射。
雷光銃の銃口から放たれた閃光が心臓を正確に射貫き、三匹は倒れた。
「ギイッ!?」
「ギイイイッ!」
恐れでゴブリンどもの足が止まった。
ニヤリと笑い、ことさらに雷光銃を振ってみせる。
何匹かが怯えて後ずさった。
(・・・まあ、もう撃てて一発なんだけどな)
そんな内心はおくびにも出さずもう一度ニヤリと笑い、先頭のゴブリンに銃口をピタリと向けたまま、半身でゆっくりと後ずさる。
しばらく動かなかったゴブリンどもだが、モリィが十歩ほど後ずさったところでおずおずと動き出した。
距離を詰めないように、しかし見失わないように、モリィと速度を合わせてゆっくりとついてくる。
(送り狼ならぬ送りゴブリンか。絵にならねえな)
雷光銃を構え、左手を壁につき、時々後ろを振り返りながらモリィが後退していく。
その後を、錆びた剣や石の槍を手に構えたゴブリンたちがそろそろとついてくる。
走って逃げようとしても既に体力は底を突き、ゴブリンどもにあっという間に追いつかれるだろう。
このまま一時間ほど、ダンジョンの出口まで何とかしのぐ。
外まで出れば正規軍が待機しているから、ゴブリンどもも追っては来れない。
現状では唯一と言える生存の可能性だったが、唯一誤算だったのが消耗しきった体力と精神力。
体力はもちろん、これまでの綱渡りの逃走劇で精神力もすり減らしていたモリィに、この緊張を後一時間も続ける事はできなかった。
二十分ほども後退を続けたところで、突然限界が来た。
急に足から力が抜け、がくりとその場に崩れ落ちる。
(やべっ・・・!)
「ギギギギギギギィィィーッ!」
ゴブリンどもが喚声を上げて突っ込んで来た。
反射的に雷光銃を撃つ。
閃光は先頭のゴブリンの胸板を貫き、後ろのゴブリンの肩をも射貫いたが、それが限界だった。
立ち上がろうとするがくらっと来て再び座り込む。手の指から力が抜けて雷光銃が落ちる。
(あ、こりゃ駄目だな)
死にたくはないが、頭の片隅で冷静にそう判断するもう一人の彼女がいた。
それでも生きあがこうとして何とかナイフを抜く。
石斧を振りかざして突っ込んでくるゴブリンに震える手で応戦しようとして。
ぱっと周囲が光に照らされた。
「へ?」
ぱぐしゃあっ、と。
熟れたスイカが砕けるような音がした。
思わずまぬけな声が出る。
今まさにモリィの脳天を叩き割ろうとしていたゴブリンの、あごから上が爆ぜて消えていた。
盛大に血を吹き出し、ドサリと倒れる。
「ギャギャッ!?」
ゴブリンどもが騒いでいる。
良く見れば頭部を失ったゴブリンは一匹ではなかった。
他にも胸の真ん中に大穴を開けるなどして、十匹近いゴブリンが倒れている。
「!?」
遅ればせながらモリィは何か小さいものが複数、空を切る音に気付く。
やはり疲労で集中力が鈍っていたのだろう、普段なら聞き逃さないその風切り音が続けざまに鳴る。そのたびにゴブリンの頭部が爆ぜ、あるいは胸に大穴を開けて倒れる。
《加護》を受けた鋭い視力が高速で飛び交うそれをはっきりと捉えた。
大きさは4、5センチほど、クルミほどの金属の球体。
それらが自らの意志を持つかのように空を切り裂いて飛び、次々とゴブリンを餌食にする。
最後の数匹がようやく事態を悟って逃げようとしたところでまたしても風切り音が鳴り、ゴブリンたちは全滅した。
最初のゴブリンの頭が爆ぜてから、五秒と経ってはいなかった。
「・・・・・・・・・」
呆然とゴブリンたちの死体を眺めていると、後ろからかすかな足音が聞こえた。
鉛のように重い体を無理に動かして、モリィは首だけでそちらを向く。
「良かった、間に合いましたね。大丈夫ですか?」
そこにいたのは、一言で言えば童話の中から抜け出してきたような魔法使いだった。
先端に小ぶりの宝玉、鋼色の地肌にびっしりとルーンを刻んだ、素人が見てもわかるような呪鍛鋼の魔法の杖。長さは180cmほど。
金糸銀糸で魔法的紋様を縫い取った青い絹のローブ。宝石や金の環を飾ったつば広で先端の尖った同色の魔法使いの帽子。
これでこの衣裳をまとうのが長い白ひげを蓄えた老爺ででもあれば絵になるのだろうが、残念な事に中身は長い黒髪の小柄な美少女――のような少年であった。
衣裳に着られている感が半端無い。
周囲には光を反射して太陽の回りを回る惑星のように空を飛ぶ8つ、いや9つの小さな金属球。
正直仮装したおぼっちゃんにしか見えないが、三十匹からのゴブリンをあっという間に屠ったのもこの少年である。
少なくともその格好が見かけ倒しでないことだけは確かだった。
「なんだよそりゃ・・・」
「え? あ、ちょっと!」
慌てたような少年の声を聞きながら、モリィは意識を手放した。