プロローグ「鋼鉄の男」
「四千年前、一人の"サムライ"がこの地に降り立った。それが新時代の始まりだった」
――名も無き吟遊詩人――
この街にはヒーローがいる。
サイモックと呼ばれる星、マルガムと呼ばれる大陸。
ディテク王国の首都、メットー。
大陸屈指の巨大都市であるこの町は、巨大さに見合わない奇跡的な治安の良さでも知られていた。
ここ数年殺人や誘拐などの重犯罪はほぼ絶え、窃盗なども大きくその数を減じている。
とは言え少ないだけで犯罪がないわけではない。
下町の一角、酒場などが立ち並ぶ飲み屋街に、今日は昼間から人だかりが出来ていた。
街回りの警邏が二人、野次馬を押し分けて現場に入って来る。
「お疲れさん、状況はどうだい」
「お疲れ様です。まあ見ての通りですよ。食い逃げしようとしたみたいですが、店の主人とウェイトレスを人質にして立てこもってます。幸い怪我人は無し」
野次馬を押しとどめていた警邏の一人が、親指を立てて背中越しに店を指した。
「真っ昼間から派手にやるなあ」
「流れ者ですかね」
「だろうな。事件発生からどれくらいだ?」
「確か十分くらい。ちょっと遅れてますけど、まあそろそろ来るんじゃないですか?」
「だな」
突入するでもなく、犯人を説得するでもなく、のんきに言葉を交わす警邏たち。
部下の警邏たちも、野次馬も、その様子に憤ったり不満を抱く様子はない。
「や、やべえよ兄貴。どんどん人が集まってくる」
「落ち着け! いざとなったら裏口から逃げりゃいい!」
一方、店の中では剣を抜いた二人組の男が落ち着かなげに視線をさまよわせていた。
小汚い革鎧と手入れのなってない得物からして冒険者くずれか、あるいは元追い剥ぎの類だろう。
対照的に人質のはずの店主とウェイトレスはのんびり香草茶をすすっている。
「クソッタレが! 何でお前らそんなに落ち着いてやがるんだ!?」
たまらずに舎弟らしき方の男が剣を突きつけた。
二人は一瞬ぎょっとするが、すぐに落ち着きを取り戻して顔を見合わせる。
「だって、ねえ・・」
「ああ、だって・・・」
ウェイトレスと店の親父の言葉がハモる。
「「この街にはヒーローがいるから」」
その時だった。
「!」
「!?」
「キャー! ――様!」
ファンファーレが鳴り響いた。それにともなって黄色い声。
周囲の野次馬がいっせいに空を見上げる。警邏たちもだ。
立てこもり犯たちは耳を疑ったが、その場にいた人間は全員確かにそれを聞いた。
奏でるものなどいなくとも。
そこがたとえ荒野のただ中であっても。
ヒーローは、ファンファーレと共に現れるのだ。