第五話 里美の責任
「それでは、これにて2032年度、花菱グループの入社式を閉会します。新入社員の皆さんは、先ほどの辞令にあった部署の担当者に、それぞれに案内してもらってください。なお、本日17時より懇親会を開催しますので、必ず参加するようお願いします。では、解散。」
不安を抱えた里美だったが、「人事部」以外の選択肢はなく、その担当者を探してみた。
「やあ、倉橋さん。人事部の八木です。面接で会ったこと、覚えていますか?」
そういって八木人事課長が近寄ってきた。面接のときは緊張していて、その時会ったことはあまり覚えていなかったが、確かに、会ったような気がする。
「これからよろしくお願いします!」
里美は元気よく頭を下げた。
「うん。本当によく来てくれたね。倉橋さんみたいな元気な人に来てもらって、本当に助かるよ。その勢いで、どんどんやっていってね。」
「はい!頑張ります!」
と、勢いよく返事をした。
「ところで早速なんだけど・・・、倉橋さんの赴任先に案内するよ。人事部は、本社ビルにあるんだけど、赴任先は別の場所なんだ。」
「はぁ・・・。」
「倉橋さんは、ウチの駅前のデパートを建て替えたこと、知ってるかな?」
そういえば、弦太と翔太が、なぜか興奮気味に喋っていたのを思い出した。
「えぇ・・・何となくですけど・・・。」
「今月からオープンするんだけど、オープニングスタッフが必要なんだ。あ・・・、オープニングスタッフって分かるかな?」
「お店がオーブンするときに、いっぱいいる人達ですよね。」
「そうそう、事前に準備はしているんだけど、最初はうまくいかなかったり、準備が足りていなかったりするんで、増員するわけさ。」
だんだん話が見えてきた里美。
「と、いうことは、私がオープニングスタッフになると・・・。」
「そ、そういうこと。」
確かに、新入社員であれば、こういったことは適任なのかもしれない。どんなことがあっても、プライドも思い込みもない新入社員であれば、現場を駆けずり回る事が出来る。
だから人事部付きなのかなぁ・・・と、なんとなく面白くない気分であったが、短期間の間だけだろうと思って、自身を納得させていた。
「じゃあ、駅前のデパートへ行こうか。」
二人は本社ビルを後にして、建て替えたばかりの駅前にある花菱デパートに向かった。
15分後、二人は、竣工したばかりの花菱デパート新館の従業員用の出入り口の前に立っていた。
「まあ、とにかく、何事も初めてのことばっかりだから、少しずつ仕事を覚えていってくれればいいよ。わからないことがあったらすぐに聞いてね。」と喋りながら、二人は従業員用のエレベーターに乗った。
八木人事課長は、エレベーターに乗り込むと、屋上のボタンを押した。
どうにも変な雰囲気である。なぜ屋上なのか。最上階ならともかく、【屋上】ってどういうことなんだろう。と思いつつ、社会人初日の里美にとっては、何が普通なのか、そうでないのか分からなかったので、特に聞きもしなかった。
従業員用のエレベーターが屋上階について扉が開いたものの、やっぱりどうにもデパートとは違う雰囲気があった。エレベーターホールから、短い廊下が伸びており、手前が事務所のようだが、廊下のその先は、何かの大きな機械室のようだ。その機械室らしき出入口は開いており、機械の技術員らしき人が出入りしたり、作業員が何か声をあげていて、機械の調整をしているらしかった。里美はなんだか自分が場違いなところに来ているんじゃないかと思ったが、手前の事務室に案内された。
「失礼します。」
と、八木人事課長が里美を連れて中に入ると、またしても見覚えのある人物が立っていた。
面接のときに、申し訳なさそうに座っていた、あの老人である。
「やあ、里美さん、お久しぶりだね。面接のときにお会いした星野です。ここの館長をしています。」
印象に残っていたので、今度ははっきりと、
「はい、その節は、大変お世話になりました。」とあいさつした。
しかし、いきなり名前で呼ばれるとは・・・。社会人でもこうなんだろうかと、不思議に思った里美。
そこで八木人事課長が説明を始めた。
「本日から、3か月間、このプラネタリウム館でオープニングスタッフとして勤務してもらいます。ごめんね。新入社員の中で、星に詳しいのは、倉橋さんくらいしかいなかったからさ・・・。」
(プラ・・・。)
顔が固まる里美。
おしゃれなスーツ、きらきらした化粧とか、デパート内を颯爽と走り回る里美の妄想が、一気に破壊された瞬間だった。
「いやぁ・・・びっくりしたよ。面接リストの中に、【倉橋】っていう苗字を見つけて、まさかとは思ったけど・・・、君のお父さんは、僕の後輩でもあるんだ。」と、星野館長が語り始めた。
「!?」
「僕は、大学の時に天文部にいたんだけど、君のお父さんも、ずっと後ではあるんだけど、同じ天文部に入ってね。OB会で知り合ったんだ。そうか・・・、立派な娘さんを育てたんだなぁ・・・と思って、嬉しくってねぇ・・・。是非、花菱商事に来てもらいたいと思って僕が推薦したんだ。まあ、君だったら僕の推薦なんかなくても、入社してただろうけどね。むはははは。」と、声を上げて笑った。
やられた・・・。またしても、またしても、あの、星おやじのせいか・・・。あの二人は、このデパートにプラネタリウムができることを知ってたんだ・・・。しかも、この星野という人物は、あの星おやじのオタク仲間か・・・。なんてことだ・・・。
落ち着いて事務室の中を見回してみると、星、宇宙に関する本や資料、今話題の火星有人船のポスター、壁の予定表には〝上映予定表〟などの文字が見られる。
「あの倉橋君の娘さんだったら、プラネタリウムで解説する程度のことや、一般向けであれば、大抵のことは知っておるだろう。お父さんからさんざん聞かされただろ?それで君に文句なしに白羽の矢を立てたというわけだ。里美さんなら、なにも問題ないだろう。」
と、ニコニコして話す星野に反して、口をパクパクさせて言葉が出ない里美。
「いいですか!星野館長。3か月経ったら戻していただきますからね。彼女は人事部の人間ですから! 戻してもらいますから!」
と、八木人事課長は念押ししたが、効果は望めそうになかった。