第二話 里美の面接(2)
「倉橋さんのご家族は?」
星野は、確認するように里美に質問した。里美は、
「はい、父と母と弟の4人暮らしです。」
と、返事をしたが、星野の表情や身体に安堵しているような気配を感じる。
「倉橋さん自身は、バレーの他に何か趣味とか・・・特技とかありますか?」
里美は、そんな質問を想定していなかったので、少し焦ったが、家族の話を聞かれて父の弦太の顔がとっさに思い浮かび、
「趣味とか特技ではありませんが・・・、よく父と弟の三人で、週末に天体観測をしていました。父の影響で、普通の人よりは星や天体に詳しいかもしれません。父と弟が熱心なので、自然に知識が増えてしまったのですが・・・、あ、いえ、私はそんなに興味があるわけではないので、夜空を見上げるばっかりで・・・、父のような専門的な知識はありません。何しろ私の父は、天文オタク・・・マニアと言いますか、何かにつけて星の話をしようとするので、父の話に付き合うのは大変なんです。」
と、生き生きと語りはじめた。
「ほう・・・、天体観測ですか。」
星野の眉がピクリと上がった。
「はい、春から秋、特に夏休みは、しょっちゅう出かけていくので、私も詳しくなってしまいました。宿泊できる施設もあって、外泊できるというだけで、嬉しかったのかもしれません。」
里美は気づいていなかったのかもしれないが、里美の瞳がキラキラしていて、頬が紅潮している。
「それは、もう、すごい天の川が見られるんです。夜の空をいっぱいに流れている天の川は圧巻ですよ!」
声が大きくなる里美。
「そうですか!そんなにですか!」
と、本当はよく知っているのに、知らないふりをして驚いてみせる星野。
「えぇ!それはもう!」
その時、
「ん!んんっ!」
と、八木が咳払いを入れた。
「あ、倉橋さん、あまり時間がないのでいいかな?ほかの方も待たせているのでね。」
饒舌になりそうな里美に、何か焦りを隠しているような八木が口をはさんだ。
「あ、はい、すみません。」
なぜたが父の話になって、熱が入り、つい口が回ってしまったことに内心驚く里美。
そして、すまなさそうに、笑って八木に頭を下げる星野・・・だが、目じりが下がりきっていた。
「では最後の質問です。」と、八木。
「はい。」
里美は少し前のめりになってしまった姿勢を戻して、背筋を伸ばした。
「もし、当社で働くことが出来たら、どんな仕事に就いてみたいですか。」
「先ほども申しました通り、《お客様に喜ばれるような仕事》をしてみたいです。」
と、返事はしたものの、父の話と、この星野という人物の印象と、頭の中がごちゃごちゃになって、“最先端のおしゃれな服や化粧品を販売する。”という言葉が出せず、もやもやとした里美であった。
里美が退室した後、その部屋ではー。
「星野さん。ご意向に沿えるように考慮はしますが、よもや、今の子を狙ってるんじゃないでしょうね。」と、星野に言い寄る八木人事課長(男48才)。
「いやぁ・・・、私としては、もうあの子しかないかと・・・。」
と、星野館長(男65才)。
「いい子ですねぇ・・・。しかもちょっとツンデレっぽいところも可愛かったなぁ・・・。」
と、まだ20代なのに、おやじ思考に入っている松木社員(男28才)。
「今の発言、私の前ではセクハラに抵触します!」
と、鈴木事務員(女35才)。
「おお、こわいこわい。」
里美が退席した後で、ぶっちゃけトークがさく裂していた。
「ああいう子は、どの部署でも欲しがるんですよ。星野さんの思い通りにはなりませんから。」
と、目を背けた。
しかし、何故だか星野館長の表情には、絶対的な自信と確信が見て取れ、後には引いてくれないだろうなあ・・・と八木人事課長は心の中で悔しがるのだった。
「なりませんから!」と、八木は叫んだが、星野の交流関係の広さから、人事部に圧力が掛かり、倉橋里美が星野の部下になることが、確定されていくのだった。
その夜の倉橋家の食卓ー。
倉橋家の両親は共働きであった。母の名は成奈美といい、昼間は個人経営の小さな食堂で働いている。収入は高くなかったが、気楽に働くことができたので、長く続けている。また小さな食堂だと同じ従業員や、お客とのやりとりが気さくにできて楽しかったので、それもずっと続いている要因だった。
「ねぇ、どうだったの、今日の面接?」
今晩のおかずは、アジのフライがメインディッシュだ。新鮮なアジをさばいて熱を通し過ぎない程度にカリッと揚げている。もちろん、成奈美の手料理である。昼間は食堂で調理場に立つことも多いので、その経験が生かされている。
いかにも冷凍食品は進化しているし、AI調理器具を使っても料理は〝製作〟される。しかし、人の口にするものは、やはり人の手で作った手料理に行きついてしまう。それが近しい者ならば尚更だ。その日の気分、使った材料や調味料、盛り付けの心遣い。わずかな失敗や成功。それを楽しむ心、辛いの甘いのと家族で会話することが生きている証なのかもしれなかった。成奈美は理屈で知らなくとも、経験でそれを知っていた。だから食堂で働くことが楽しかったし、家庭での手料理も、苦にならなかったのだろう。
「うん・・・、特に何もなかったけど、まぁまぁかな。」
カリカリアジフライのしっぽをかじる里美。
わずかな塩味がし、ぱりぱりともバリバリともつかない音が鳴る。
「里美が、〝まあまあ〟って言うことは、うまくいったってことね。」
成奈美は、笑顔で里美を見つめた。
「ねえちゃん。どこ受けたの?」
就職面接のことだと気づいた翔太が聞いた。
「花菱商事よ。あんたも就職するか大学に進学するのか、来年には決めとかないと、出遅れちゃうわよ。」
「あら、あんたなんかクラブ活動ばっかりしてて、就職するって決めたの最近だったじゃないの。」
「わたしは良いのよ。決める時は早いんだから。」
と、ぷいっと言い返したところで、父の弦太が口を出してきた。
「花菱商事?あの駅前のデパートを建て替えているあの花菱グループの花菱商事か?!」
天文バ・・・いや、天文や星にしか興味がない弦太が少し大きな声で口にした。
うーん、おかしい・・・。星おやじ殿が、なぜデパートに興味を持つのか。たまにデパートへ行ったって、だいたい本屋か、眼鏡屋に置いてある天体望遠鏡にしか興味を持たないおやじ殿が・・・。
「翔太!花菱デパートだぞ!」
「すごいな、ねえちゃん! いいなぁ・・・。」
里美には、何がそんなに凄いのか分からない。確かに、高校生の就職先としては地元ではレベルの高い方である。しかし、この二人が揃って驚いているなんて、絶対なんかあるな、と思った。とは言っても、二人が自分の就職に何が関与できることがあるはずもなく、自分は自分でやりたいようにしようと思った。
この二人が、なぜそんなに驚いたのか。
里美は働き始めて初めて気が付くことになるのだが・・・。