【短編】そして男爵令嬢は、今日も優雅に婚約者を足蹴りにする【改稿済】
『クロ殿下と剣聖ヴェイセル』に出てきたとある男爵令嬢とその婚約者である変態に焦点を当てたお話。本編を見なくても多分、大丈夫!に書いたつもりです。
ヴィヴィ・フォン・アメシスタは北方に位置するエストレラ王国の西部にあるアメシスタ小領と言う小さな領地を治める男爵家の令嬢だ。
ほんの少し気の強い彼女はいつもブラウン系の髪を高めの位置でツインテールに結び、赤いリボンを結んでいる。
彼女は竜人族と人族の混血であるが、本人は竜人族の特徴は持っておらず、見た目は人族そのものである。そんな彼女の婚約者は男爵家の分家にあたる、代々男爵家の騎士を務めてきた家の子息・ルーヌだった。
顔は美人の多い竜人族らしく整っており、水色がかったプラチナブロンドと頭の上に伸びた2本の長い角、アイスブルーの妖艶な瞳は見るひとすべてを魅了する。
―――が、その男はどうしようもない女誑しなのだ。
そして彼女が通う学園のカフェテリアで彼の腕を抱きしめた、美しい淡い金色の髪に金色の瞳を持った竜人族の美少女が高らかに告げた。
「そこの女、男爵令嬢・ヴィヴィ・フォン・アメシスタの行動は見るに堪えないものがあります!本家の令嬢と言う立場を利用し、分家であるルーヌさまを長年にわたって暴力を振るい、暴言を浴びせて苦しめてきたその行いは決して許されるものではありません!そこでこの私・伯爵令嬢であるアメリア・フォン・テセララが、ヴィヴィ・フォン・アメシスタを断罪いたします!あなたはルーヌさまと婚約を破棄なさい!これはテセララ伯爵家からの命令です!そしてこれからは私がルーヌさまの婚約者としてあなたを守って差し上げますわ!」
「そ、そんなっ」
ヴィヴィは俯いて顔を上げることができなかった。確かにヴィヴィは日ごろからルーヌに鉄拳制裁とばかりに叩いて叩いてたまに足蹴りにしているのだが、それはこのルーヌと言う男が女子にちょっかいばかりだして甘いささやきばかり繰り返すからだ。
―――主に天人族女子に。
天人族とはロップイヤーのような耳が顔の両側から生えており、後ろからふわもふしっぽ、背中から天使のような羽根(は、収納可能)を持つかわいらしい子が多い種族である。
彼女の実家である小領地には天人族の子も多く、多くはヴィヴィの知り合いということもあって、かわいい天人族女子をナンパするこの男に度々鉄拳制裁を加えてきた。
自分が粗暴な女だと自覚はなかったわけでもない。自分でもどうしてそのようなことをしてしまうのかわからない。だが本当は、ルーヌはずっと嫌だったのではないか?急にそんな不安に襲われ、ヴィヴィは反論すらできなかった。
―――私は、ルーヌに捨てられるのですわ。
ヴィヴィはそんな最悪の展開を覚悟した。
「あのー。何で俺、ヴィヴィと婚約破棄しなきゃいけないの?」
そんな時ルーヌの口から飛び出したのはヴィヴィが思ってもいなかったひと言だった。アメリアも呆然としている。
「だって。私のこと、お嫌いなんでしょう?」
と、恐る恐るヴィヴィが尋ねると。
「何で?そんなわけないじゃん」
ケロッとした顔でルーヌが答える。
「そ、そんな!!ルーヌさまは私のことを“愛している”と言ってくださったじゃないですか!」
と、アメリアが負けじと言い返す。
「―――え?いつ?」
「―――へ?だから、あの時」
―――回想―――
「私、愛しておりますわ」
と、アメリアが頬を赤らめてルーヌに告げる。
「へぇ、そうなんだ~」
ルーヌは微笑みながら相槌を打つ。
「それにしてもヴィヴィさんは粗暴ですわね」
「そうだね~」
「ルーヌさまがおかわいそうです!」
「そう~?」
―――
「いや、言ってないじゃないか」
その時ヴィヴィの隣に、赤紫色のロングヘアを持つ竜族の美少女が並び立つ。
「ローザさん?」
ヴィヴィはその友人・ローザことローザリンデを驚いたように見上げる。
「悪いな、来るのが遅れた」
「いえっ、そんな。そもそも、私はっ」
(ルーヌに捨てられるような酷い女なのです)
「気にするな。えぇと、アメリア嬢だったか?どうにもこうにもあなたが言っているようなことをルーヌ兄は言っていないのだが」
ローザはルーヌを“兄”と呼ぶが、これはローザやヴィヴィ、そしてルーヌが生活している学生寮の伝統のようなものだ。先輩後輩同士、兄弟姉妹のように接する。だからヴィヴィはひとつ年上のルーヌを呼び捨てにしているものの、普段は後輩たちから“ルーヌ兄”などと呼ばれることが多い。
「でも、相槌を打ってくださったじゃないですか!ルーヌさまも私を愛しているのではないのですか?一緒にお弁当を食べたりお話したりしましたよね!?」
「え?何で俺が君を愛するの?」
「えっ」
アメリアは呆然としていた。
「それに俺、君がてっきりヴィヴィのファンだと思ってて。俺にヴィヴィにあげるお弁当の味見とかヴィヴィの話を一緒にして楽しんでいたつもりなんだけど?」
「な、何故っ!?私が粗暴女のファンにならねばならないのです!」
「いや、ヴィヴィは学園の女子には人気だからな」
とローザ。
「え?どう言う、こと、ですの?」
「私はヴィヴィ先輩のおかげでしつこい彼氏と別れられたんです!」
と、女子生徒が声を上げる。
「私は平民で学園創立祭に着ていくドレスがないから参加を諦めようとしていたら、ヴィヴィ様が、
先輩や卒業生の先輩たちからもう着ないけどまだ着られるドレスを集めてくださって、私を始め、他の平民や、ドレスを買う余裕のない貴族令嬢の子たちもドレスを着ることができたんです!」
続いて、他の女子生徒も声を上げる。
「わ、私も。授業で指名されて答えがわからなかった時に、ヴィヴィ様がそっと教えてくださって、答えることができました!」
他の女子生徒も声を上げ、その声はとどまることはない。
「あの、私はっ」
「ヴィヴィ。ヴィヴィはこんなにもみなから慕われているんだ。頼むから俯かないでくれ。ヴィヴィがいつも大黒柱のように支えてくれるから私も強くあれるし、他の女子生徒だって頑張れるのだ」
「―――うぅ、ローザさんっ!」
「それに、ルーヌ兄がいつもヴィヴィに叩かれているのは単なるルーヌ兄の性癖だぞ」
と、ローザ。
「そうです!ルーヌさまは女子、それもヴィヴィ様に足蹴りにされて喜んでいる変態竜人族ですよ!」
「ヴィヴィ様にぶったたかれているのをいつも嬉々として語られていて、ヴィヴィ様の更なるご活躍譚を今か今かとお待ちしておりますの」
「ヴィヴィ様にエルボーを喰らった時のルーヌ兄さんのあの満足感溢れる変態顔を見てもそう言えるのですか!」
「あの、なんだかルーヌの変態性がより一層強調されていませんの?」
「―――それがルーヌ兄じゃないか。今更だよ、ヴィヴィ」
「まぁ、そうですわね」
「そん、なの嘘です!ルーヌさまがそんなっ!こんなにお美しいルーヌさまが!そうよ!あなた!振られた腹いせに、ルーヌさまを貶める気なのですね!」
と、アメリアが激高してルーヌの腕を離し、ビッとヴィヴィに人差し指を向けてくる。
「そう、ですか」
ヴィヴィは俯いて握りしめた拳を振るわせている。それを自分が勝ったのだと彼女は得意げに微笑むがローザにキッと睨まれ、尻ごむ。
「アメリアさま。ひとつ、よろしいでしょうか」
絞り出したヴィヴィの声は震えながらも、いつもより低い、肝の据わったような声だった。
「な、なんですの?」
「今まで、あなたのような方にはたくさんお会いしましたわ」
「どう言う意味ですの?」
「ルーヌを顔だけで判断し、自分の理想の男性像を押し付け、這い寄ってくる哀れな生き物ですわよ!」
「んなっ!?何ですって!?」
「いいですか!ちゃんと見なさい!これが本当の、ルーヌの素顔ですわ――――――っっ!」
「ぐほっ」
ヴィヴィは、ルーヌの腹にパンチを決めたかと思うと。
「がはっ」
そこからの、―――踵落としっ!!
「げふっ」
そして床に倒れたルーヌの頭を思いっきり足蹴りにする。
「ふ、ふへへ」
ルーヌはよだれを垂らしながら、ヴィヴィの足蹴りに至極満足そうな表情を浮かべていた。
「これが、ルーヌの真の顔ですわ!」
ヴィヴィはルーヌを足蹴りにしながら腕を組んでキリっとアメリアを見据える。
「んなっ!嘘、嘘ですわ!ルーヌさまがこんなっ!きっとあなたがルーヌさまをおかしくしたのですわ!私が目を覚まさせて差し上げなくてはっ!」
「あなたこそきちっと現実を見なさいな!ルーヌのような顔だけ美人な中身変態にうつつを抜かせば、今度こそあなたは破滅ですわよ!仮にも伯爵令嬢である気高き竜人族である自覚があるのならしっかり現実を見なさい!」
「んなっ!?私に向かってなんと不遜なっ!」
アメリアが苦し気に唸っていると、その場に唐突に男子生徒の声がかかる。
「あぁ、呼ばれてきてみれば。お前、アメリア。何やってんの?」
「げっ!兄さま!?」
“兄さま”と呼ばれた竜人族の青年は、アメリアと同じ淡い金色の髪に金色の瞳を持った美丈夫だった。
「まさかとは思ったが。まさか自分の妹が次にルーヌに夢中になるとは思わなかった」
「に、兄さま?何を?」
「いいか?俺はルーヌを顔だけで気に入って、その性質がいかにドMの変態でヴィヴィ嬢にしか興奮しないという性癖を見て幻滅する令嬢たちを幾人も見てきた!―――ったく。ルーヌのことは同じ竜人族だし、社交界の噂で知っていると思ったんだけどな」
「―――は?」
「ヴィヴィ嬢、今回はすまなかった」
アメリアの兄がヴィヴィに騎士の礼を返す。
「いえ。私は、別に」
「あと、ルーヌにはいつも通り謝らなくていいよな?」
「えぇ。よろしいです。これはただの変態ですから」
「そんじゃ、アメリアは領地に戻して反省させるからそれで勘弁してくれよ」
そう言うと、アメリアの兄はアメリアの腕を引っ張ってそそくさと去って行ってしまった。
「ちょっ!?兄さまったら!」
アメリアの戸惑った声が響く。
「さて、そろそろいいんじゃないか?」
ローザが視線を、下に戻す。
「あ、やり過ぎましたわね」
ヴィヴィがルーヌから足をどかす。
「えぇ~もっとやってくれても~俺いいのにぃ~。ハァ、ハァ」
と両腕をさすりながら、ニタニタと語るルーヌに集まっていた生徒たちがやっぱ変態だと気を利かせて散っていく。
「気持ち悪いことを言っていないでとっとと起き上がりなさいませ」
ヴィヴィが冷たく言うとルーヌはやれやれと言ってて立ち上がる。そして不意にヴィヴィの体を細身ながらも力強い腕が包んだ。
「えとっ!?ルーヌ!?んなっ、何を?」
「ヴィヴィ。俺さ、本当にヴィヴィがいないとダメなんだ」
「そんなこと、知っていますわ」
耳元で囁かれる甘い言葉にヴィヴィは耳を真っ赤にしながら答える。
「ヴィヴィにエルボー決められたり、ツッコミ決められたり、特に足蹴りにされている時が一番幸せで満たされるんだ。俺はヴィヴィがいなくちゃ生きられない」
「―――バカっ。やっぱり変態ですわ!ルーヌのバカ、ですわ!」
「やっぱり本当に俺のことをわかってくれるのはヴィヴィだけだね。あのね、ヴィヴィ」
「なっ、なんですの?」
「毎日俺があげたリボンつけて来てくれるの、すっごく嬉しいよ」
「それはっ!毎年ルーヌが私にリボンばかり送ってくるからですわ」
「だってそれがヴィヴィに一番似合うから。ヴィヴィに一番似合うものは俺があげたい」
「―――な、何を言ってますの?んもういいから、そろそろ放してくださいます!?また足蹴りにしますわよ!」
ヴィヴィがルーヌの腕の中でもぞもぞと動く。
「それはそれでいいなぁ。でも、ヴィヴィ」
「な、なんですの?」
「こうしてヴィヴィを拘束して、恥ずかしがるヴィヴィを堪能するのも俺、好きかも」
「―――んのっ、変態っ!!」
ヴィヴィは無理矢理ルーヌを引き剥がし、今度は仰向けにルーヌを倒すと上から思いっきり、
―――足蹴りを決めた。
「―――ぐふっ!まさかの顔面足蹴りヴィヴィ」
「まだ文句がありますの?」
「―――今日は、花柄だ」
とルーヌが呟いて、何のことかを自覚したヴィヴィは、顔を赤くして素早く足をどけてうずくまる。
「また顔面足蹴りしてほしいな♡」
「何ですの!?もうやりませんわ!この変態!」
「じゃぁ、ヴィヴィに抱き着くね」
うずくまるヴィヴィにルーヌが覆いかぶさるように抱き着く。
「きゃああぁぁぁっっ!ちょっと、放してくださいな!」
「いや。放したくない。俺さ、俺から逃げようとそうやってもがくヴィヴィも好きだな」
「―――ルーヌ兄。その変態についての決裁は降りていない」
すちゃっとローザは練習用の剣を抜きルーヌに突き付ける。
「え?何、決裁って」
「うぅ。この件についてはまた明日、寮内会議ですわよ!!」
寮内会議とはヴィヴィたちの属する寮にて不定期に開催されるものである。
「決議が出ましたら私の思う存分足蹴りにいたしますからね!覚えていらっしゃいませ!」
「うん。そんなご褒美、俺が忘れるわけないでしょ?」
「いいから早く離れろ、変態。もうすぐ授業だぞ」
「あ。やばっ!それじゃぁヴィヴィ、続きは寮でね」
そう言うとルーヌは足早に去っていく。
「んなっ!」
ヴィヴィはあっけにとられるが、何故か顔がほてって上手く言い返せなかった。
「―――今日は、そうだな。寮のアニキたちにちょっと説教してもらおうか」
と、ローザ。
「そうですわね。そして男子部屋の区画から出られないように申し送りしてもらいますわ。他の子たちの教育に悪いので」
ヴィヴィたちの寮は男女共同で共有スペースがあるのだが、男子部屋と女子部屋の区画はしっかり分けられているのだ。
「ま、それがいいか」
―――
その後、テセララ伯爵家からヴィヴィに謝罪の言葉がつづられた手紙が届いた。
「あれ?それってこの間の?」
ルーヌがそれを覗きこんでくる。
「―――ちょっと見てくださいます?」
「えぇと。“ヴィヴィ様へ―――
先日は取り乱しており情けない姿をお見せしてしまいました。けれど気持ちを落ち着かせてよくよく考えてみると、どうにもヴィヴィ様のことを考えるとこの胸の鼓動が激しくなるばかり。
―――そう。私はあの変態竜人族を足蹴りにしたヴィヴィ様の迫力とカッコよさにすっかり魅了されてしまったのですわ。
私は自らの軽率な行いでヴィヴィ様にひどいことをしてしまいました。ですから学園に復帰しましたら直接謝罪に伺います。その時は是非、こんな悪い女である私を足蹴りにしてくださいませ。
―――あぁ、ヴィヴィ様の従順なる下僕になりたい、アメリアより”」
「―――と、言うわけですわ」
「えぇ~、ヴィヴィに足蹴りされるのは俺の特権なのに~。ヴィヴィ、俺以外に足蹴りなんてしたら悔しくて俺、一生ヴィヴィのことを俺という檻の中に閉じ込めてしまうかもしれない」
「―――言われなくとも、あなたみたいな変態はルーヌひとりで十分ですわっ!!!」
ガツンッ
「げふっ!」
―――そして男爵令嬢は、今日も優雅に婚約者を足蹴りにする。