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07.本当のヒロイン

 ズブズブの愛欲生活――せめて惚れた相手とならそれでもいい。ナシよりのアリだ。

 でも祖国を救うため、好きでもない男に体を捧げる人生なんて、ナシに決まっている。

 そしてそんな人生を回避しようと思ったら――破滅するしかないのである。


「ああもう、なんでそういう選択肢しかないのよ!」


 文句を言いつつも、シヴァンシカはなんとなく分かっていた。

 これが「ゲーム」だからだ。しかも「鬼畜陵辱系」。ヒロインがひどい目にあってナンボ、のジャンルなのだ。


 ゲームでは、留学先として五つの国のいずれかを選ぶ。

 当然、国ごとに出会う男性が違う。

 最もマシなのはヤン帝国だろう。最初こそ散々な目にあうが、国を守るため耐え続けるシヴァンシカに王子が情けをかけ、最後は第四夫人の地位を与えられる。祖国も帝国の庇護を受けて滅亡を免れるので、ハッピーエンドといって差し支えないだろう。


 それに対し、最もひどい目にあうのがラベーヌス共和国。

 つまり、今現在シヴァンシカがいるところ。


 鬼畜陵辱の面目躍如、これぞ鬼畜、これぞ陵辱、というイベントがてんこ盛り。その果てのエンディングは、グッドであっても陰鬱で、バッドならばトラウマもの。共和国を選ばないことが真のハッピーエンド、なんて声が上がったほど、このルートのシナリオはひどい。


 そんな極悪シナリオが待ち構えるルートを、シヴァンシカはあえて選んだ。

 なぜならば。

 これが「漆黒の魔女」ナズナに出会える、唯一のルートだからだ。


 比較すればいくらかマシというだけで、シヴァンシカにとってはどの道を選んでも救いはない。

 だったら会いたい、と思った。

 一目見ただけで『私』の心を鷲掴みにした美女、「漆黒の魔女」ナズナに。

 そこで人生が終わることになっても構わない。ほんのひと時でも彼女と過ごすことができれば、それで十分お釣りがくる。


 そして、彼女を救いたい。


 どの留学先を選んでも、シヴァンシカの恋路(?)を邪魔するライバルの女性が登場する。

 ライバルとシヴァンシカは攻略対象の男性を巡ってドロドロの争いを繰り広げるのだが、ナズナはそんなライバルたちの中でも飛び抜けた存在だ。


 ヒロインであるシヴァンシカに匹敵する美貌を誇り、魔法という稀有な才能を持つ。

 シヴァンシカが共和国に留学した時点で、攻略対象である王子――残念ながらあのバカ王子である――とは、婚約関係にあった。

 最初はシヴァンシカの友人となるのだが、シヴァンシカが王子を誘惑したため激しく嫉妬し、あの手この手でシヴァンシカを陥れようと画策する。


「あなただけは、何があっても許さない!」


 自らを破滅させるほどの嫉妬の炎を燃やしたナズナ。だがシヴァンシカに敗れ、追い詰められて命を絶つ時、涙ながらに告白する。


「殺したいほど憎いのに……あなたが好きでたまらない。初めて会った、あの時から……」


 愛と憎しみが入り混じった顔で想いを告げ、ナズナは短剣を胸に刺し短い人生を終える。

 切ない言葉と美しいイラストがあいまって、この「ゲーム」最高のシーンとして絶賛された。「ナズナこそ真のヒロイン」「クソまみれの世界にある純愛」なんてコメントが寄せられ、誰もが口をそろえて言ったものだ。


「悪いの、シヴァンシカだよね?」


 全くもってその通り、異論はない。

 婚約者を誘惑されて怒らない人がいるか?

 国のためとはいえ、男をたぶらかしてその婚約者を破滅させるか?

 奪っておいてその男を愛していないなんて、ナズナは立つ瀬がなさすぎるよね?

 しかもナズナは、そんなシヴァンシカが本当は大好きなのだ。裏切られ、追い詰められ、死を選ぶしかない状況になってなお、「あなたが好きだ」と想いを告げるのだ。


「あー、もー……」


 シヴァンシカは抱えた膝に顔を埋めた。

 激しい嫉妬を覚えながら、心から愛してしまう。その気持ちはよくわかる。かつて『私』だったときに感じたことだから。


 ナズナが愛おしい。

 自らが生み出し、他人の手で美しく咲いた、あのナズナを心から愛している。


 シヴァンシカとなった今でも忘れない、魂に刻み込まれた狂おしいまでの愛。それと同じものがナズナの心にも宿っていたと知った時、『私』はもうナズナなしでは生きられなくなった。

 だから、シヴァンシカとして生まれ変わったことを理解したときに誓った。


「ナズナは、死なせない……」


 ナズナが死なない条件はただひとつ。

 シヴァンシカの破滅だ。

 バカ王子のパーティーに参加すれば、その破滅を迎えられる。

 怪しい薬で心を狂わされ、散々ひどい目にあわされて、次の日の朝、身も心もボロボロになった状態で倒れているところを発見される。ショックで精神に異常をきたしたシヴァンシカは国に返され、狂った聖女として死ぬまで神殿に監禁されることになる。

 いわゆる「バッドエンド」のひとつだ。「ゲーム」はそれで終わり。他人の男を奪おうとした女に天罰が下ったという、ある意味納得のオチではあるが。


「……ざけんな、ての」


 ナズナが死なないのならそれでいい。その気持ちに偽りはない。

 だけど、シヴァンシカの身としては。


「なんつーひどいシナリオなの、このルート。いくら成人向けでも乙女ゲームでしょうが。シバいてやるから出てこいや、原作者」

第2章 おわり

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