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61.昼食会

 七日目の朝。

 すっかり日が昇ってから目を覚ましたリンダは、若干憂鬱な気分で、窓から澄んだ青空を見上げた。


「お姫様気分も、今日までかぁ」


 明日の朝にはここを発つ予定だ。結局今日までナズナは現れず、文字通り休んだだけの一週間だった。

 とりあえず遅めの朝食をと思い着替えていたら、扉をノックする音が聞こえた。


「少々お待ちいただけます?」


 手早く着替えを済ませて扉を開けると、ホール係の初老の男が、手紙が乗った盆を恭しく差し出した。


「当ホテルのオーナー、ナズナからのお手紙です」

「ありがとう」


 手紙を開くと、ナズナの字で「昼食会へご招待いたします」と書かれていた。


「まったくもう。かしこまってないで顔を見せなさい、ての」


 別室にてドレスにお着替えください、と書かれていたので、さっそくリンダは指定された部屋へ行った。

 落ち着いたブルーのドレスを選び、スコーンとコーヒーで軽く胃を満たしてからドレスを身に着ける。このために集められたらしい女性スタッフが、手際よくリンダを飾り立て、あっという間に淑女を作り上げた。


「お似合いでございます、リンダ様」

「ありがとう」


 ドレスなんて久しぶり、と浮かれた気分で部屋を出ると、ホール係にテラスへと案内された。

 そこで待っていたのは、深碧のドレスを身に着けた一人の魔女。


「お久しぶりね、リンダ様」

「ええ、本当に。ナズナ様もお変わりないようで」


 七年の月日を感じさせるほどには大人っぽくなっていたが、かわいらしい雰囲気は相変わらずだった。

 シヴァンシカの死に激怒し、「世界を敵にしたってかまわない」と公言していたナズナ。

 あの荒れっぷりは、悲しみの深さの裏返しだったに違いない。淑女らしく落ち着いた雰囲気のナズナに、リンダは心から安堵した。


「ゆっくり休めました?」

「それはもう。お姫様気分を満喫しましたわ」


 ナズナはもう、シヴァンシカの死を乗り越えたのだろうか。

 聞いてみたくはあるが、さすがに直球で聞くのは気が引けた。


「それで、わざわざ私を指名してのご招待、用件はなんでしょう?」

「ふふ、そう慌てずに。まずは食事を楽しみましょう」


 運ばれてきた料理は、どれもこれも絶品だった。

 地元の食材をふんだんに使った、素朴に見えて手間暇かけた料理。この七日間、シェフの料理は味わい尽くしたと思っていたのに、まだまだ引き出しがあるらしい。


「おいしいわ。素晴らしい腕前のシェフですね」

「ありがとう。私の自慢のシェフよ」


 おや、と。

 ナズナの言葉に、リンダは感じるものがあった。


「あの方、女性でしたのね。声を聞いてびっくりしましたわ」

「あら、話したの?」

「ええ。残念ですわ、男性ならちょっとコナかけてみようかと思いましたのに」

「だめよ、私の大切なシェフなんだから」


 なるほど、やはり「ホテルの」ではなく「私の」シェフか、とリンダは小さく笑う。


「ふふ、何か言いたげね、リンダ様」

「いえいえ、お互いもういい年だなあと。そろそろ結婚なんて話も出ますよね」

「そうね。リンダ様、ご意中の方は?」

「いたら一人で来ていませんわ」


 今回の招待、家族や恋人なら同伴していいと言われていたのだが、あいにくリンダにはそういう相手がいなかった。


「リンダ様なら引く手あまたでしょうに」

「そうでもありませんわ。上昇志向の強い女は、殿方も敬遠するようで」

「あら、情けないわね、スウェン王国の男性は」

「ええ本当に」


 それはそうと、とリンダはナズナの幼馴染のことを思い出し、話題にした。


「カレン様、お子様が生まれたそうですね」

「ええ、聞いているわ」

「跡取りにも恵まれて、これでギムレット家は安泰ですね」

「そうね。まあ、少々複雑ではあるけれど」


 シヴァンシカを救うに際し、ナズナはギムレット家を勘当された。

 この勘当は解けていない。シヴァンシカの死に激怒したナズナが、アンドルゴ王国にケンカを吹っ掛けるという途方もない真似をしたため、父のジルも解くに解けなかったのだろう。


 それについてナズナに文句はない。もともと帰るつもりはなかった。


 気がかりといえば、一人娘のナズナが家を出て行き、ギムレット家は誰が継いでくれるのか、という点だけ。だが、それも心配は無用になった。


「お父様のしたたかさは知っているつもりでしたが……まさか、アラディブ様を養子にするとは思いませんでしたわ」


 アンドルゴ王国の陰謀に巻き込まれ、薬物中毒となったアラディブ導師。

 治療の甲斐あって一命はとりとめたが、聖女シヴァンシカを守れず、薬のせいとはいえカレンを辱めてしまった己の行為を悔い、国も教えも捨ててしまった。

 そんなアラディブに「一兵卒からやり直さんか」と声を掛けたのが、ナズナの父である。


「レクスという難国の大使をしていた方ですから。優秀なのは確かですね」


 やがて立ち直り、ギムレット家になくてはならない存在となったアラディブを、ナズナの父は養子にした。

 そして、どう話を進めたのかは知らないが、ベロニカ商会の娘カレンが、アラディブの妻としてギムレット家に嫁いだのである。


「さすがの私も仰天したわ。よくカレンが承諾したものね」

「漆黒の魔女を仰天させるとは。さすがは父親ですね」

「まあ、あの二人が幸せならそれでいいけど」


 運ばれて来る料理に舌鼓を打ちつつ、二人は会話を楽しんだ。途中、外交がらみの突っ込んだ話にもなったが、ナズナはもう表舞台に出るつもりはなく、ここで静かに暮らしていくと言う。


「アンドルゴが攻めて来たら、また叩きのめすけどね」

「そうならないことをお祈りしますわ」


 今や五大国の中心となったスウェン王国にとって、漆黒の魔女とアンドルゴ王国の再衝突は、なんとしても避けなければならない事態だ。リンダは「何かあれば必ず連絡してほしい」とお願いし、ナズナも「わかったわ」と了承した。

 気がつけば数時間が経っており、食事もデザートを残すのみとなっていた。


「あら、リンゴのムースね!」


 運ばれて来たデザートを見て、リンダは目を輝かせた。


「お好きなの?」

「ええ、大好きよ。あんまりおいしかったので、前に出た時はお代わりをお願いしちゃったわ」


 はしたなかったかしらね、なんて嬉しそうに笑うリンダの言葉に、ナズナがぴくりとほおを動かした。


「これ、一度お出ししてるの?」

「ええ、二日目のお昼だったかしら。うん、これこれ、おいしい♪」

「そう。気に入っていただけて、何よりだわ」


 デザートを食べ終えると、コーヒーが出された。

 コーヒーを注ぎ終えたスタッフに、ナズナが「席を外してちょうだい」と告げる。スタッフは恭しく一礼し、ナズナとリンダだけを残して退室した。


「本題でしょうか?」

「ええ。リンダ様にお願いがあるの」


 ナズナは立ち上がると、テラスに通じている部屋に入り、大きなカバンを手に戻って来た。


「カレンに、これを届けて欲しいの。結婚と、お子様の誕生祝いに」

「私が?」

「勘当された身ですからね。のこのこ顔を出すわけにもいかないし。かといって、信頼できない人には任せられない物なの」

「……中を確認させていただいても?」


 外交官としての勘だった。この中身、公になれば物議をかもすものに違いない。そんなものを共和国重鎮のギムレット家へ、スウェン王国の外交官が運んでよいのか。中身を改めないことには判断できない。


「ええ、どうぞ」


 渋る様子もなく、ナズナはあっさりと許してくれた。そう言われることを予想していたのだろう。

 では、とリンダはカバンを開け、中身をそっと取り出し。


「……うそ」


 それ(・・)を一目見て、言葉を失った。

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