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60.ホテルひまり

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 スウェン王国 外交省

 北東局 総合政策課

 リンダ=トルステンソン様


 貴女を、当ホテルへご招待したく存じます。

 ご都合の良い時にお越しください。

 なお、ご滞在は一週間ほどを予定していただけると幸いです。


 ホテル「ひまり」支配人:漆黒の魔女 ナズナ

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 この招待状が届けられた時、スウェン王国外交省は大騒ぎになった。


 「漆黒の魔女」ナズナが、消息を絶って六年。

 もう生きていないのではと噂が立ち始めていた矢先のことだった。


 各国に張り巡らせたスパイ網を駆使し、この招待状がスウェン王国にしか届いていないことを確認した政府は、すぐさまリンダに招待に応じるよう命じた。


「わかりました」


 有能とはいえまだまだ下っ端のリンダは、降って湧いた大役に心が躍った。

 学園を卒業し外交省の一員となって七年。

 想像していたのと違う、と思うことは多々あった。無能な上司や学閥意識に凝り固まった同僚を実力で黙らせてきた毎日は、楽しくもあり下らない日々でもあった。この道を選んでよかったのかどうかはまだわからないが、今のところ辞めたいとは思っていない。


 ただ、毎日の激務で疲労がたまっていた。

 招待状に同封されていたパンフレットには天然の温泉もあると書かれていた。一週間も滞在すれば、よいリフレッシュになるだろう。


「それにしても、姿を消して何をしているのかと思えば。ホテルの支配人ですか」


 場所は、レクス国とアンドルゴ王国の国境付近にある湖。最近になって世に出回り始めた「写真」に収められた景色は、とても美しく心惹かれた。

 楽しみね、とリンダは心を躍らせながら、旅支度を整えスウェン王国を発った。


   ※   ※   ※


 七年前の、あの日。


 「白銀の聖女」シヴァンシカが、レクスの実の密輸に関わっている証拠をつかんだ。

 世界平和のためにも、共に「白銀の聖女」を尋問しないか。


 アンドルゴ王国大使館から、五大国と呼ばれる五カ国の大使館へ、そんな連絡が入った。


「何をバカなことを! ありえません!」


 謝恩会の途中で大使館に呼び出されたリンダは、大使からの質問に即答した。


「でっちあげに決まっています! どうか我が国は、そんなバカげた陰謀に加担しないでくださいませ!」


 リンダの助言にうなずいた大使は、アンドルゴ王国からの誘いを拒否した。そしてアンドルゴ王国の手に落ちたシヴァンシカを救おうと動き出したのだが――何をすることもできないうちに、事態は最悪の結末を迎えてしまった。


「そんな……どうして……」


 シヴァンシカの遺体を収めた棺と、それを静かに見送るナズナ。

 その光景にリンダは胸が張り裂けそうな気持ちになった。通り一遍のお悔やみしか口にできず、後ろ髪を引かれる思いでスウェン王国へと帰ったが、できることならシヴァンシカをレクス国まで送って行ってあげたかった。


 遺体となって帰ってきた聖女を見て、レクス国民は悲嘆にくれた。

 そして、聖女を守るべき導師がアンドルゴ王国の手先となって暗躍していたと知れ渡ると、悲嘆は怒りとなってレクス国中に満ちた。

 教堂の権威は大きく揺らぎ、レクス国はひどく混乱した。


 一方、謀略で聖女を亡き者にしたアンドルゴ王国もまた、その事実を暴露され世界中から非難を浴びた。

 王国は知らぬ存ぜぬで押し通そうとしたのだが、第二王子ワイアットと本国の諜報員が暗躍していた証拠を突きつけられ、シラを切ることはできなかった。


「アンドルゴ王国の横暴、見逃すことはできぬ!」


 スウェン王国が主導し、アンドルゴ王国への国際的非難が高まった。五大国の残り四カ国も、汚名返上のためスウェン王国に味方し、ここに五大国ははっきりとアンドルゴ王国に敵対した。


 国際的な非難を浴び、アンドルゴ王国の覇権は揺らいだ。


 これを打破すべくアンドルゴ王が採った手が、レクス国侵攻という強硬手段だった。

 どうせバレたのならと、居直ったのである。

 短期決戦をもくろみ、王国は軍の主力をレクス国へ差し向けた。その数およそ十万。五大国側の援軍は間に合わず、誰もがアンドルゴ王国の一方的な勝利になると考えた。


 そのレクス国の危機をひっくり返したのが、「漆黒の魔女」ナズナだった。


 レクス国へ進軍するアンドルゴ王国軍の前に現れ、容赦ない攻撃魔法で壊滅させた。さすがのアンドルゴ王も、この報告を聞いたときは呆然としたという。


 とどめを刺したのが、「漆黒の魔女」ナズナ単身での、アンドルゴ王宮への殴り込みだ。


 アンドルゴ王国自慢の対魔法兵器はまるで通用せず、王宮は半日で落ちた。アンドルゴ王は魔女に杖を突きつけられ、以後、二度とレクス国に手は出さないと誓うしかなかった。


「聖女シヴァンシカとの誓いにより、私はレクス国の守護者となりました。次に邪心を起こせば命はないと思いなさい」


 ナズナはそう言い放ち、王宮を去ったという。


 このナズナの行動は、各方面に衝撃を与えた。

 各国政府は、魔女の力を目の当たりにし恐怖した。

 その恐怖が迫害となって自身に及ぶことを恐れた魔女たちは、ナズナの行動をやりすぎだと非難した。

 レクス国民も、助けてくれたことに感謝をしつつも、教えと聖女をおとしめると言われている魔女に守られたことに戸惑いを隠せなかった。


 そんな各方面の衝撃と動揺に気づいたのか。

 シヴァンシカの死から一年後、レクス国に作られた聖女シヴァンシカの祭壇に花を添えたのを最後に、ナズナは忽然と姿を消した。


   ※   ※   ※


 せっかくだからと、リンダは途中でレクス国の首都を訪れ、シヴァンシカの棺が納められた祭壇に花を供えた。

 一時期はひどく混乱したレクス国だが、三年前、開放的な政策に転じ、五大国の支援を受けてようやく落ち着きを取り戻していた。

 平和が戻り、他国の人や物が入ってくるようになって、人々の意識も変わり始めている。行き交う人々が生き生きとした表情をしているのを見て、リンダは明るい気分になった。


「シヴァンシカ様も、この光景を見たらお喜びでしょうね」


 いつかは大使としてこの国に来たいわね、なんて野心を胸に、リンダは首都を後にし、ナズナがオーナーだというホテルにチェックインした。




 ホテルは、至れり尽くせりの、極上のリゾートホテルだった。

 温泉は入り放題、風光明媚な景色に、滋味たっぷりのおいしい食事。頼めば近くの町まで馬車を走らせてくれ、お供付きでのショッピングも楽しめた。

 しかも宿泊客はリンダのみ。少数精鋭のスタッフが細やかな気配りをしてくれて、リンダはお姫様気分でホテル生活を満喫した。


「あーもー、帰りたくなーい」


 これで話し相手となる友人がいれば言うことなしなのだが。

 招待主であるナズナは、五日目になっても姿を現さなかった。


「ひょっとして、ナズナ様を騙る別人かしら?」


 リンダがボヤいたら、「それはありませんよ」と笑い声がした。

 食後のコーヒーを運んできた、亜麻色の髪のシェフだった。


「当ホテルのオーナーは、間違いなく『漆黒の魔女』ナズナ様です」

「……人を招待しておいて顔を見せないなんて、どういうことでしょう?」

「のんびり過ごして疲れを癒してください、ということでしょう」


 ナズナは今や国際的な重要人物。外交官であるリンダとしては、顔を合わせればどうしても仕事の話をせざるを得ない。そうなっては疲れも取れまいと考えているのだろう、とシェフが言う。


「大丈夫、ちゃんと顔を見せますよ」

「ならいいですけど」

「それとも、会えなくて寂しいですか? ならすぐに来るよう伝えますけど」

「いえ、大丈夫です。せっかくのご配慮ですもの、のんびりさせていただきますわ」

「かしこまりました、リンダ様」


 コーヒーを置き、恭しく一礼して立ち去るシェフ。

 その後ろ姿を見ながら、リンダは、ふう、と息をついた。


「……あーびっくりした。あの方、女性でしたのね」


 髪は短く整えられ、厚手のコックコートで体形がわかりづらかった。きれいなお顔立ちね、とは思っていたが、声を聞くまで、てっきり男性だと思っていた。

 それに。


「どこかでお会いしたかしら?」


 どうにも懐かしい感じがする。だが記憶を探ってもそれらしい人物に心当たりがない。

 あんなイケメン女性、一目見たら忘れないはずだけど――と首を傾げつつ、リンダは食後のコーヒーを口に運んだ。

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