表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/64

05.爆笑

「世界なんてどうでもいい。シヴァが……私のシヴァが、幸せになれない世界なんていらない」


 うぐ、とシヴァンシカはうめいた。

 私のシヴァ。

 なんて嬉しいセリフだろう。喜びをこらえきれずにうつむいた。ブルブルと体が震え、ナズナの頰を挟む手に思わず力が入った。

 それを――シヴァンシカが本気で怒った、とナズナは感じてしまったようだ。


「ご、ごめんなさい……あなたの覚悟を台無しにして。でも私……」


 あふれた涙がシヴァンシカの手に落ちてきた。シヴァンシカは慌てて顔を上げ、ポロポロ涙をこぼしているナズナを抱きしめた。


「バカ、泣かないで。怒ってなんていないから」

「……ほんと?」

「ええ。むしろお礼を言わなきゃ。助けてくれてありがとう」


 シヴァンシカはナズナを離すと、ハンカチで涙を拭ってやった。


「やっぱり、あんなバカ王子の慰み者になんてなりたくないわ」


 ナズナがホッとした顔になり、シヴァンシカに微笑む。シヴァンシカは一息ついて気持ちを落ち着けると、ナズナのほおにキスをした。


「心配かけて、ごめんなさい」

「もう……こんな危ないことはしないでね?」

「うん、わかった」

「約束よ?」

「うん、約束する」


 ナズナがすっと身を寄せ、シヴァンシカの胸に飛び込んだ。

 愛しさが込み上げ、ナズナの華奢な体を抱きしめた。このまま永遠に抱き合っていられればいいのにと思う。

 でも、それは許されないこと。

 なぜなら、シヴァンシカは聖女であり、ナズナは魔女だから。

 本当ならば、触れ合うことすら忌避される、そんな二人なのだ。


 数分間の抱擁の後、シヴァンシカはナズナを解放した。

 物足りない、と言いたげなナズナの顔にまた愛しさが込み上げたが、どうにか抑え込み距離を取った。


「それにしても……おかしかったね」

「え?」

「あのバカ王子よ」


 くくくっ、と笑いながら体を翻し、シヴァンシカはソファーに身を沈めた。


「ねえ、もう一度やって見せて」

「なにを?」

「ばぁん」


 シヴァンシカのリクエストに、ナズナは顔を赤くした。


「あ、あれは、無我夢中で……その……」

「かっこよかったなぁ。もう一度見たいなぁ♪」

「か、かんべんしてよぉ」

「だーめ。私の言いつけを守らなかった罰」


 意地悪な笑顔を浮かべたシヴァンシカ。ナズナは「もう」と唇を尖らせたが、しぶしぶという感じで杖を手に取り、虚空に向かって「ばぁん」と言った。


「顔がダメ」

「か、顔って……ええっ?」

「だってナズナの顔だもん。私が見たいのは、漆黒の魔女サマ」

「……意地悪」

「ほら早く」

「もお……」

 

 ナズナは諦めた顔になると、一度背中を向けて大きく深呼吸をした。

 すうっと。

 ナズナがまとう空気が変わる。

 再びシヴァンシカに向き直ったとき、ナズナは「漆黒の魔女」の顔だった。


(きれい……)


 その美しさにシヴァンシカは震える。世の誰もがシヴァンシカの美貌を称えるが、本当に美しいのはナズナの方だ。なぜみんなそれに気づかないのかと、不思議で仕方ない。


「ばぁん!」


 その美貌から放たれる静かな言葉は、ゾクリとする迫力だ。演技とわかっていてもそうなのだ、あのバカ王子はさぞかし恐怖したことだろう。


「うん、かっこいい♪」


 シヴァンシカは満足そうにうなずき、賞賛の言葉にナズナは照れ笑いを浮かべ。

 数秒後、同時に爆笑した。


「あのバカ王子、ほんとヘタレよね!」

「私、あそこまでびっくりするとは思わなかった」

「『ひぃぃぃっ』だよ? バカでかい図体してあの悲鳴」

「私、笑わないよう必死だったわ」


 事なきを得てホッとした反動もあり、二人は涙が出るほど笑い転げた。あまりに笑いすぎてお腹が痛くなったが、それでも笑いは止まらない。

 ようやく笑いが収まった時には、二人とも喉がカラカラになっていた。


「ナズナ、お茶にしましょ。助けてくれたお礼に、新しいお茶の葉を買ってきたの」

「それで帰ってくるの遅かったんだ」


 シヴァンシカは立ち上がると、優雅な仕草で一礼し、恭しく手を差し出した。


「お手をどうぞ、お嬢様」

「うむ、くるしゅうない」


 おどけたシヴァンシカに、おどけて返すナズナ。差し出された手を取り立ち上がったナズナは、シヴァンシカを物言いたげな目で見つめ、シヴァンシカもまっすぐにナズナを見つめる。

 二人は長い間見つめ合い――そっと顔を近づけ、唇を重ねた。

 十秒ほど重ねた後、離れる。同時に熱い吐息を漏らし、クスッと笑い合った。


「あ、そうだ。来週、新茶が入荷するって。取り置きしてもらってるから、一緒に行かない?」

「うん、行く」


 卒業まで、そしてお別れまであと一か月。

 それを思うと寂しくて仕方ないが――今は考えまいと、シヴァンシカはナズナの手を握り、笑顔で歩き出した。

第1章 おわり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ