54.断罪
「魔王」と名乗った瞬間、ミズハから凄まじい力があふれ出した。
人が出せる力ではない。その凄まじい力に、この世界そのものが揺れている。その力を感じればわかる。「魔王」というのは冗談でもなんでもなく、本当のことなのだと。
「な、なんだよ、お前……何言ってるんだよ!」
ミズハの力を目の当たりにして、セシルが引きつった声で叫んだ。
「いねえよ! この世界に魔王なんていねえよ! 俺はこの世界で、魔王なんて出した覚えはねえ!」
「ええ、この世界にはいませんね。ですが私、この世界の外から来ましたので」
セシルの叫びに、ミズハが軽く肩をすくめた。
「ついでに言うと、ナズナに使える女執事、なんてものも登場しないのでは?」
ミズハの指摘にセシルが目を見張った。
「ふふ。脇役を適当に考えるから、こうして紛れ込んでも気づかないんですよ。神は細部に宿る、その言葉をあなたにはお贈りしましょう」
「な、なんなんだ……なんだんだよ、お前は!」
「ですから、魔王ですよ」
クククッ、とミズハが笑う。
「新たな世界が生まれ、新たな神が登場する。昼寝から起きてみれば、そんな光景が目に入りまして。ではちょっと遊んでみようかと、そう思った次第です」
「な、なんだよそれ、無茶苦茶じゃねえか! わけわかんねえよ!」
「世の中って、案外そんなものですよ」
ミズハが杖を高く掲げた。
杖が光り、みるみる大きな鎌となっていく。
「さて。魔王としては、神を嬲って楽しみたいところですが」
「や、やめろ……」
「かわいい弟子の恋人が危ない状況ですからね。さっさと済ませましょう!」
セシルめがけて、鎌がすさまじい勢いで振り下ろされ。
ガインッ、と固い金属同士がぶつかり合うような、そんな音が響いた。
「は……はは、はははっ、なんだよ、ビビらせるんじゃねえよ!」
すんでのところで止まった鎌を見て、セシルは引きつった笑いを浮かべた。
やはり「世界の加護」は強力だった。間違いなくミズハが全力を込めた一撃だが、鎌の刃はセシルに届いていない。
「魔王だか何だか知らねえが、俺は神だ! 俺はこの世界で無敵なんだよ!」
「さて、それはどうでしょう?」
ゴウッ、とミズハからの圧力が増す。セシルを守る「世界の加護」が、ミシミシと音を立ててゆがみ始める。
「さきほど、私の弟子があなたの罪を告発しました。証拠もすべてそろっております。さて、あなたはこれを覆すことができますか?」
「はん、そんなの簡単じゃねえか!」
セシルが万根筆を手に取り、キャップを外した。
「俺の世界改編で、筋書きを変えてやるだけさ!」
勝ち誇った顔で、セシルが万年筆をくるりと回した。
だが。
「……え?」
「おや、何も起きませんね」
「な、何でだ! この、この!」
セシルが顔を青ざめさせ、何度も万年筆を振るった。
だが、何も起きない。
いくら万年筆を動かしても、世界はピクリとも動かなかった。
「何でだ、どうしてだ! お前、何をした!」
「何もしておりませんよ」
クククッ、とミズハが笑う。
「自業自得というやつです。あなたの行為によって、あなたの力が本来のものに戻っただけですよ」
「本来の……もの?」
「あなたの力は『世界改編』。変更ではなく編集。あなたの力では、新しいシナリオは一文字たりとも作り出せません」
「バカ言え! 俺はこの世界の生みの親だぞ!」
「ええ確かに。あなたはこの世界、ゲーム『閨房戦記3』のシナリオライターです」
ピシリ、と何かが割れる音がした。
「さて、その『閨房戦記3』ですが。こんな評価ではありませんでしたか?」
ミズハの笑みが意地悪さを増した。
「凡庸なシナリオを、美麗なイラストが何倍にも面白くしている。このゲームは、イラストこそが世界を作り上げていると言えるだろう」
囁かれた言葉に、セシルは真っ青になった。
「思い出していただけましたか?」
「な、なんでそれを……」
「魔王たるもの、この程度調べられなくてどうします」
「う、嘘だ……俺は、作ったぞ。この結末は、俺が考えたシナリオだぞ!」
「ええ確かに。ですが考えたシナリオを現実のものとするには、創造主たる女神さまの変更の力、『世界改変』が必要なんですよ」
ミズハがちらりと視線を向けた。
つられて、セシルも同じ方向を見た。
そこにいるのは、恋人を救おうと懸命の治療を続けている「漆黒の魔女」ナズナ。
そして……胸に守刀を突き立てられ血まみれになっている、「白銀の聖女」シヴァンシカ。
「『閨房戦記3』のキャラクターデザイン担当、イラストレーター『ひまり』。それがシヴァンシカ様の前世。この世界を作り上げた、まさに女神です」
「うそ……だ……」
「あなたはその力を無断で借りていただけ。ですが、神殺しの力を込めた、守刀で倒してしまいました」
「神殺しの……力?」
なんだそれは、と驚愕するセシルに。
ミズハは楽しそうに笑う。
「お話を盛り上げる一助になればと、私が細工をしておきました」
「なっ……い、いつだ! いつやった!?」
「さて、いつでしょうね」
だから言ったでしょう。
細部まできちんと考えないから、こういうことになるのです。
「嘘だ……嘘だ、嘘だ、嘘だぁーっ!」
ミズハの言葉に、セシルは半狂乱になって声を上げた。
「俺がこの世界の神だ! 俺が神なんだ!」
わめきながら、セシルが何度も万年筆を回す。
この魔王から逃れる世界をつなぐため、何度も何度も回したが。
世界は動かない。
なぜならば、そんなシナリオは書かれていないから。
「なんでだよ……なんで……」
「さあ、断罪イベントといきましょうか」
ピシリ、ピシリ、と割れる音が続く。
セシルを守る「世界の加護」が割れていく。
「あなたの陳腐なシナリオを神ゲーにしてくれた大恩人に、仇を返すその所業。神が許しても、魔王が許しません」
「世界の加護」に亀裂が入り、ミズハの鎌がジリジリとセシルに迫る。
ぐらり、と世界が揺れた。
「ふふ。二番手とはいえ神が一柱消えるのですから。世界もタダでは済みませんか」
「や、やめろ、やめてくれ! 俺の負けだ、もう手を引くから! 許してくれ!」
「おやまあ、あっさりと。ですが、ダメです」
バキリ、と音がして、「世界の加護」に決定的な亀裂が入った。
「『閨房戦記3』は、鬼畜凌辱系18禁ゲーム。さあ、敗者のあなたには、鬼畜で凌辱な未来が待ってますよ!」
凄惨な笑みを浮かべたミズハが、鎌を振り抜いた。
セシルを守る力――「世界の加護」が粉々になって消え、「世界改編」を自在に操った万年筆が砕け散る。
そして。
文字にするのも汚らわしい、下品な悲鳴を撒き散らしながら。
世界から一柱の神が消えた。
第11章 おわり




