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52.刃

 ナズナが最大の魔力で、セシルに攻撃を叩き込んだ。

 だが、セシルには届かない。

 セシルを守る不思議な力、「世界の加護」と呼ばれる、絶対の守護がナズナの魔法を阻んでしまう。

 そして、行き場を失った魔法の力が、「世界改編」でナズナへと向かう。

 家具その他の部屋の中にあったすべてのものが、すさまじい魔力で巻き上げられた。ぶつかり合い、粉々になりながら、あらゆるものが渦を巻いてナズナへと殺到する。


 その中に、鈍く光るもの――鞘から抜かれたままの、聖女の守刀が見えた。


「だめ……」


 シヴァンシカかナズナ、どちらかが破滅する、それがこのルートの結末。

 そして多くの場合、負けた方は胸に短剣を突き立て短い命を終える。


「いや……いや、そんなのいや……」


 守刀がナズナに向かって飛んでいくのが見えた。

 殺到する家具や瓦礫の陰になって、ナズナはそれに気づいていない。


 ――ジ・エンド。


 セシルの声が頭の中で響く。

 これで終わる。このルートは、ナズナの死で終わる。シヴァンシカは生き残り、そして屈辱に満ちた人生を送ることになる。


「いや……そんなの……そんなの、許さない!」


 シヴァンシカは決死の覚悟で立ち上がった。

 屈辱の人生でもよかった。ナズナが幸せに生きていてくれるのなら、それでもよかった。

 だけど、ナズナが死ぬというのなら、話は別だ。


「私が、ナズナを死なせない! そう決めていたんだから!」



 ドンッ、と力が弾けた。



 世界が止まる。かき回され、組み替えられ、違う結末へと流れていく世界を、シヴァンシカの力が止めた。

 シヴァンシカはセシルの手を振りほどき、全力で走り出した。


 今、行くからね。

 今、助けるからね。


 ただその思いだけで、シヴァンシカは止まった世界を駆け抜けた。


「ナズナぁっ!」


 そして、ナズナに向かって飛ぶ守刀の前に、身を躍らせた。






 ――止まった世界が動き出した。


「……え?」


 ほんの短い時間だったけど、何かが起こった。それが何なのか、ナズナにはわからなかった。


 そして、今目の前で起こっていることは、わかりたくなかった。


 セシルの足元で倒れていたはずのシヴァンシカが、瞬きの間に目の前に来ていた。

 そして、ナズナに優しく笑いかけ。

 背後から飛んできていた、守刀の前に身を投げ出した。


「シヴァ?」


 守刀がシヴァンシカの胸に刺さった。

 厚手の布でできた法衣が切り裂かれていなければ、あるいは軽傷で済んだかもしれない。

 だが、切り裂かれ、あらわになった無防備な胸元に、守刀は吸い込まれるように突き刺さり。

 びくん、とシヴァンシカの体がのけぞった。


「うっ……」


 シヴァンシカが小さくうめく声が聞こえた。

 どさり、とシヴァンシカが落ちる音がして、世界が動き出した。


「シ……ヴァ……?」


 シヴァンシカの胸元から血が噴き出した。

 カレンの悲鳴が聞こえ、首相や各国大使のうめき声が聞こえた。

 これは、夢でも幻でもない。

 そうと認識するのに一秒もかからなかった。だがそれは、永遠にも感じる長さだった。


「シヴァ……シヴァっ! シヴァーっ!」


 ナズナは悲鳴のような声で愛する人の名を呼び、飛びついた。


「シヴァ、しっかりして、シヴァ! シヴァ!」

「ナズ……ナ……」


 ナズナの呼びかけに答えたシヴァンシカだが。

 ごぼり、と血を吐き、苦しそうにうめいた。


「何してるの! どうしてあなたがこんなことになってるの!」

「よかった……ナズナ……生きて、る……」

「よくない! しっかりして! すぐ手当てするから!」


 シヴァンシカが、にこり、と笑った。

 満足そうに、嬉しそうに。そして告げる。


「もう……いいから……あとは……おねがい……」

「ふざけないでっ!」


 ナズナの中の『誰か』の思いに突き動かされ、絶叫した。

 まただ、と。

 また目の前で死んでしまう、と悲鳴を上げる。

 悲嘆に暮れ、絶望し、その意識に飲み込まれそうになる。


「だ……だまりなさい……あなたは引っ込んでて!」


 だが、かろうじてナズナは踏みとどまった。意識を乗っ取ろうとする『誰か』をねじ伏せ、必死で自分に言い聞かせた。


 落ち着け、落ち着け私。

 私は魔女。

 知識を司り、知恵で世を導く者。

 何もできなかったあの時(・・・)とは違う。

 膨大な知識を、鍛えた知恵で使いこなせば、シヴァンシカの命を救える。

 やるべきことを、やり抜きなさい。


「み、水の精霊……傷つき溢れる、血の流れを制御せよ……」


 まずは止血だ。

 それと同時に、シヴァンシカの傷の具合を把握。深く食い込んだ刃は、確実に心臓に届いている。下手に抜けば血が吹き出して失血死する。


(このままやるしかない!)


 損傷の具合に応じて、魔法で心臓の動きを代替する。心臓が動きを止めてしまう前に応急処置を済ませ、シヴァンシカの命をつなぎとめる。


「はん、死んだのは聖女様か」


 全力でシヴァンシカの応急処置に当たるナズナに、セシルが酷薄な笑みを浮かべた。


「死んでない……まだシヴァは死んでない!」

「ははっ、無駄なことはやめろ、魔女。これは神の決定だ」

「死なせ……ない」


 ナズナは、歯を食いしばり、涙をこらえた。


「死なせない、私が死なせない……シヴァは、私が死なせない!」

「死ぬんだよ」


 セシルが万年筆を手に近づいてくる。

 まずい、とナズナは思った。

 魔力のすべてをシヴァンシカの治療に回している。セシルに攻撃されたらひとたまりもない。かといってセシルとの戦いに魔力を回せば、シヴァンシカは確実に死んでしまう。


「このルートの結末は、聖女の死で決まりだ。さて、生き残った魔女には、どんな屈辱を与えてやろうか」

「あなたという人は……どこまでゲスなの」

「最高だろ? 他人が苦しみ悶える姿って、最高じゃないか! あはは、これが神の愉悦ってやつか。最高だぜ!」


 セシルがナズナの目の前に立ち、万年筆のキャップを取る。

 ナズナはありったけの憎しみを込めてにらみつけた。殺意で人が殺せるのなら、今ここでできるようになりたいと心から願った。


「そうだなぁ、愛する人を目の前で失い、失意の魔女様には、レクスの実の密輸犯としてアンドルゴの王子に弄ばれる人生を送ってもらう、てのはどうだぁ?」


 セシルの手が動き出す。

 万年筆のペン先が空中に文字を動き、世界が動き始めようとし。


 ――唐突に、止まった。

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