51.世界の加護
どういうことだ、とセシルは焦った。
すべてがバレている。いくら魔女とはいえ、『世界改編』で書き換えた裏の筋書きを、どうしてこうも正確に把握しているのか。
しかも、消したはずの証拠が押さえられている。
一体なぜか。たかが登場人物のナズナに、原作者である自分の力がなぜ通じないのか。
「そうか……」
ギリッ、とセシルは奥歯をかみしめた。
「お前だな……俺の力を邪魔し続けていたのは、お前なんだな!」
セシルは万年筆のキャップを取った。
だが、それを黙って見ているナズナではない。
杖を振るうと、風をまとい一気にセシルとの距離を縮めて魔法を叩き込んだ。
「ちぃっ!」
「シヴァを……返してもらうわよ!」
バチィッ、と何かが激突する音が広間に響いた。
セシルの万年筆とナズナの杖が交差し、二人は至近距離でにらみ合った。
「てめえ、誰だ! てめえも俺と同じ転生者かぁっ!」
「さあ、どうかしらね!」
ヒュンッ、とナズナの体が宙を舞う。繰り出されたナズナの回し蹴りがセシルの後頭部を刈りにきて、セシルは慌てて万年筆を振るった。
「くっ……」
ナズナの足はセシルに激突する直前で弾かれた。
セシルは笑みを浮かべ、再度万年筆を振るってナズナを弾き飛ばした。
「危ない危ない」
ふう、と息をつき、セシルは倒れているシヴァンシカの髪をつかんだ。
「あうっ!」
「シヴァ!」
「大事な容疑者を連れて行かれるところだった。格闘技まで修めてるのか。大したものだ、漆黒の魔女」
そうだ、落ち着け、とセシルは自分に言い聞かせた。
セシルは――『室田青磁』は――この世界の原作者。この世界のすべてを知り、世界改編で思いのままに操れる、神にも等しい存在。
例えナズナが転生者だとしても、同じであるはずがない。ゲーム「閨房戦記」のシナリオライターは世界にただ一人、『室田青磁』だけなのだから。
「シヴァを、放しなさい!」
「この俺に命令するな」
万年筆のペン先で、セシルは空中に文字を書く。
「俺は、この世界の神だぞ!」
ザアァァッ、と世界が回り出した。
「もう容赦しねえ。全力で叩き潰す!」
「このっ!」
ナズナは再び風をまとい、セシルに向かって突進した。
大魔法「世界改編」への対処方法はただひとつ。
世界を改編する余裕を与えないこと。
あまりにもつじつまの合わない改編はできない、だからこそ、つじつまを考える余裕を与えてはダメだ。
「まあ、そう考えるだろうね」
だが、そんなナズナの思惑を、セシルは見抜いていた。
「だけどね、弾き飛ばされた石を踏んで足を挫く、くらいのことは、割と簡単なんだぜ?」
「しまっ……」
踏み込んだ足の裏に、拳大の石を感じた。まずい、と思ったときにはバランスを崩し、ぐきり、と嫌な音を立てて足首を挫いた。
「くっ……」
激痛に歯を食いしばり、すぐさま魔法で治療して立ち上がったナズナ。そんなナズナを見て、セシルは肩を揺らして笑う。
「僕は神だよ。そんな強引な方法で、僕を倒せるものか」
セシルが万年筆を振るった。
すぐさまナズナが魔法を叩き込むが、それはセシルに届く直前で弾かれてしまう。
「まさか……世界の加護!?」
世界の加護。
この世界そのものが干渉を許さぬ領域。その正体は不明で、多くの魔女が研究対象として久しい。
セシルはそれに守られている。まさか本当に神なのかと、ナズナは歯ぎしりした。
「さて、弾かれた魔法がどうなるか」
セシルが万年筆をくるりと回す。
弾かれたナズナの魔法が天井をえぐり、崩れた天井がナズナに降り注いだ。
ナズナは杖を一閃し、落ちてくる瓦礫を吹き飛ばす。
「……勘弁してほしいわね」
シヴァンシカを人質に取られた上に、「世界改編」を操り「世界の加護」に守られたセシル。
それを倒せなんて、「卒業試験にしてはキツ過ぎませんか、お師匠様」と文句のひとつも言いたくなった。
だが倒せなければ、シヴァンシカを助けられない。
「ナズナっ、無茶しちゃだめ! 逃げて!」
「平気よ、シヴァ。今、助けるわ」
「おーおー、すごい執念だ。そんなにこの聖女様が大事かい?」
「当たり前よ。私の命に代えても取り返すわ」
「へえ、そりゃいい。じゃあそうしよう」
セシルが笑い、万年筆を振るう。
「シヴァンシカかナズナ。どちらかが破滅するのがこの共和国ルートの結末」
「くっ……」
これまでにない圧力に、さすがのナズナも焦った。立て続けに魔法を叩き込んだが、見えない力がセシルを守り、ナズナの魔法が届かない。
「愛する聖女様を助けるのと引き換えに魔女が死ぬ、なんて結末でも、僕は構わないけどね」
「ナズナ、逃げて!」
「嫌よ」
シヴァンシカの叫びに、ナズナはきっぱりと答えた。
「シヴァを失うぐらいなら、死んだ方がマシなのよ!」
「やめて、セシルやめて! ナズナを殺さないで!」
「だめだね」
シヴァンシカの懇願に、セシルは冷笑で答えた。
「神であるこの僕のシナリオを狂わせ、逆らった罰だ。愛する聖女様の前で死ぬといい」
「死んで……たまるものですか!」
「死ぬんだよ。愛する聖女様を守れず、無様にね。そして生き残った聖女様は、残虐な王子様に弄ばれて、屈辱の人生を送るのさ」
「どこまでも、ゲスね!」
「あははっ、最高の誉め言葉だ! 鬼畜、凌辱、ゲス、それこそ人が求める悦楽なんだよ!」
セシルの哄笑が響く。ナズナは怒りに満ちた顔となり、全魔力で攻撃魔法を組み立てた。
「だめ……だめ、ナズナ、だめぇ!」
「シヴァは、私のものよ! 誰にも渡さない!」
「神に逆らう不届き者め。その命をもって、償うがいい!」




