50.真犯人
犯人と名指しされても、セシルに動じた様子はなかった。
「これはまた突拍子もない。証拠があるのですか?」
「ここへ来る途中、私の執事から連絡があったわ。私の屋敷に賊が侵入し、シヴァが書いた神託ノートを手に入れようとしたそうよ」
私の執事が返り討ちにしたけどね、とナズナが笑う。
「その賊が自白したそうよ。自分たちはアンドルゴ王国の諜報員だと。聖女を追い詰める証拠をでっち上げるため、神託ノートが欲しかったと」
「……へえ、それはそれは。で、どうして僕が犯人なんです?」
「賊はこうも言ったそうよ。誘拐したアラディブ導師を犯人に仕立て上げ、シヴァを追い詰めるために色々と仕組んだ、と」
そして、とナズナは、杖の先をセシルに向けた。
「それはすべてセシルという少年の指示だった、とね」
「身に覚えがありませんね」
「あらそうなの? 少し前から、南通りの裏路地にある古い屋敷でコソコソしていた連中よ。あなたそこへよく出入りしていたそうじゃない」
「……なんのことでしょう」
「あなた、自分が美少年だという自覚がないのね」
困ったものね、とナズナは笑う。
「フードで顔を隠している程度じゃダメよ。目撃者はすぐに見つかったわ」
「……」
「その屋敷の中にはレクスの実特有の匂いが染みついているそうよ」
ナズナは胸元から小さな瓶を取り出した。
「そこで採取された薬の粉がこれ。レクスの実にはいくつか処理方法があるけれど、これはおそらく一番有名な処理方法。人間の性欲を極限まで高める、強力な媚薬よ」
これを使われた人間は理性を失い、欲望のままに行動する。
そう言ってナズナは、倒れているアラディブ導師を、次いで部屋の片隅にいるカレンを見た。
「一か月前、その屋敷に一人の男が拉致監禁された。そこにいるアラディブ導師ね」
さらに、とナズナが部屋の片隅にいたカレンを見やる。
「同じ日に、カレンも拉致され、そこへ連れて行かれた。媚薬として処理されたレクスの実を無理矢理飲まされ、二人が同じ部屋に閉じ込められれば、どうなるかは言うまでもないわ」
「ひっ……」
ナズナの言葉に、カレンが短い悲鳴を上げ、体を震わせ始めた。
「カレンは即日解放されたけど、アラディブ導師はあなたが監禁し続けた。これは、いったんワイアットに疑惑を向けるためかしら?」
その後、兄に変わってセシルが謝罪に赴き、薬剤師として治療薬を出す。回復したカレンから犯人はワイアットではないと証言があれば、では誰が、となる。
「カレンにあなたが施したのが、この治療」
ゆるり、とナズナが杖を振るう。何もない空間に光が生まれ、中から一枚の紙が落ちてきた。
「うちの有能な執事が手に入れてくれたわ。カレンのカルテの写しよ。あなた、最初から正しい中和剤を処方しているわね」
落ちてきた紙を拾おうともせず、セシルは口を閉ざしてナズナをにらんだ。
「麻薬性が取り上げられることが多いけど、レクスの実は色々な薬の原料になるのよ。処理方法によって薬にも毒にも化ける。媚薬として処理する方法だけでも三十はあるわ。たった一度の診察で正解を探り当てるのは、どんな優秀な薬剤師でもまず不可能よ」
つまり、とナズナは、杖の先をセシルに向ける。
「あなたは最初から答えを知っていた。なぜなら、あなたが真犯人だから」
「てめえ……」
「ふふ。反論があれば、お伺いしますけど?」




