49.殴り込み
「……なんだ?」
「お、おい……」
広間入口の扉を見て、全員が我が目を疑った。
右から左へ真一文字に、炎の縁が走っていた。そこからどろりと溶け出し、まるで熱したナイフで切ったバターのように崩れていく。
そして、崩れて開いた入口から。
手に杖を持ち、漆黒のドレスを身にまとう、小柄な女性が姿を現した。
「漆黒の魔女」ナズナ。
共和国きっての大富豪の娘にして、魔女。
そして「白銀の聖女」シヴァンシカの恋人。
かわいらしくも妖艶な魔女が、煮えたぎる怒りを身にまとい、静かに広間へ入ってきた。
「ごきげんよう、みなさま方」
ナズナが発する怒りのオーラに飲まれて、誰もが言葉を発せない。
そんな一同を睥睨し。
法衣を切り裂かれ、半裸のシヴァンシカを見て、ナズナはまなじりをつり上げた。
「問答無用」
ナズナの氷のように冷たい言葉が、一同に叩きつけられ。
「私のシヴァから、離れなさい!」
ナズナは、ワイアットに杖を向け、躊躇なく魔法を放った。
「ひっ……ひぃぃぃっ!」
ワイアットは慌ててシヴァンシカから手放し、腰を抜かしてへたり込んだ。その数センチ上を、真空の刃が通り過ぎていく。直撃していれば、ワイアットの首は胴体から離れていただろう。
「き、貴様、お、俺を、殺す気かぁ!」
「やめないか、ギムレット嬢! 彼はアンドルゴの王子だぞ!」
我に返った首相が慌ててナズナを止めた。
そんな首相に、ナズナは何の感情も見えない顔を向けて言い放つ。
「問答無用。そう申し上げましたわ」
「王国に攻め入る口実を与える気か! 共和国が滅びてしまうぞ!」
「滅びなさい」
「な……に?」
「婦女暴行の現場を黙って見ているような首相が率いる国、滅びて当然よ」
「ギ、ギムレット家も、ただではすまんぞ!」
「私、勘当されましたので。ギムレット家がどうなろうと、知ったことではありませんわ」
絶句する首相に嘲笑を浮かべると、ナズナは再びワイアットに視線を向けた。
にらみつけられたワイアットが、悲鳴を上げて後ずさる。その滑稽な姿に笑顔一つ浮かべず、ナズナはとどめを刺さんと杖を構えた。
その杖の前に、金髪の少年、セシルが静かに立った。
「魔女様。少し落ち着いていただけませんか?」
「あなた……」
呪文を止めたナズナが、ニヤケ顔のセシルに険しい顔を浮かべる。
「……セシル=アンドルゴね」
「お見知りいただき光栄です、漆黒の魔女様」
慇懃に一礼したセシルは、直後にため息をつき、大げさに肩をすくめて見せた。
「それで魔女様。突然のご来訪、何用でございますか?」
「知れたことよ。シヴァを返してもらうわ」
「残念ながら、お返しできません」
「なぜかしら?」
「この方はレクスの実の密輸に関わった上に、アンドルゴの第二王子たる兄上をおとしめようとした疑いがかけられております」
ナズナは静かにセシルを見つめた。
「ついでに申しますと、魔女様も容疑者の一人です」
「……陳腐なシナリオだこと」
ナズナの言葉に、セシルがピクリとほおを動かし、不快そうに目を細めた。
「陳腐、とは?」
「あなたが書いた筋書きよ。大方こうでなくて?」
レクス国大使は、国の安寧を脅かすだけでなく、神託の聖女を我が物にせんとするアンドルゴ王国に一矢報いようと計略を立てた。
それは、王子の女好きを利用し、王子の名を騙って多くの女性を辱めること。
王子ではないことがばれぬよう、国から密かに取り寄せたレクスの実を使って、女性を前後不覚に陥れて犯行に及ぶ。
計略は成功し、アンドルゴの王子の評判は落ちていく。
その仕上げとして、共和国の有力者の娘を襲ったが、思わぬ抵抗を受けて薬の使い方を誤り、それで事件が発覚した。
「……そして、大使を支援したのは、聖女か魔女のいずれか。どちらであってもシナリオは成立するわね」
ナズナの言に、セシルは黙ったままだった。
「陳腐で下品ゆえに、わかりやすくてセンセーショナル。その点だけは認めてあげるわ」
「……別に僕が書いたシナリオ、というわけではないんですがね」
「あら、せっかく褒めてあげたのに。でも、五分もあれば誰だって組み立てられるシナリオですものね。褒めてもらっても嬉しくないかしら?」
「黙れ!」
思わず、と言った感じでセシルが怒鳴った。
それをナズナは冷ややかに見ている。
セシルが万年筆を手に取り、くるくると回し出す。
「まあいい。とにかく、あなたが今語ったことは事実であり、聖女を騙っていたこの女が犯人です」
「冤罪よ」
「なぜそう言えるのです?」
「ここに犯人がいるもの」
「ほう、これはこれは!」
セシルが大げさな声を上げた。首相や各国大使も驚いた表情でナズナを見つめる。
「驚きました。魔女様は自ら犯人だと名乗り出たわけですね!」
「何を言ってるのかしら」
ナズナは呆れた顔で笑うと、ゆっくりと杖の先をセシルに向けた。
「今回のレクスの実に関する事件。犯人はあなたよ」




