47.破滅
大使たちから、疑惑の視線が向けられる。
カレンから、憎しみの視線が向けられる。
侮蔑の視線を向ける、クリシュナと女官たち。
勝ち誇り嘲るような視線を向ける、ワイアット。
そして――断罪の視線を向ける、セシル。
「私は……」
耳鳴りがひどくなる。立ち眩みがし、体が浮き上がり、世界が回り始める。
――さあ、どちらの選択肢を選びますか?
声が響く。
寝込んでいたと肯定すれば、ナズナが密輸犯。
寝込んでいないと否定すれば、シヴァンシカが密輸犯。
選べる道は二つに一つ。どちらを選ぶか自分で「選択」するといい、と勝ち誇った声が脳裏に響く。
「私は、あの日……」
死にたくない、生きていたい。そしてまたいつかナズナに会いたい。
シヴァンシカの本当の願いが、胸の奥でうずく。
だけど、その道は閉ざされた。
いや、最初からなかった。
シヴァンシカかナズナ、どちらかが破滅する。それがこの「ルート」の絶対の結末。それを変えることはできないのだと思い知らされた。
ならば。
シヴァンシカが答えるべきは、この言葉。
「体調は崩していた……けど……意識は、あったわ」
――ジ・エンド、ですね。
頭の中で声が響く。
「ふん、ようやく認めたか。お前が密輸犯だ」
「決まりましたな。あなたは偽聖女です」
ワイアットとクリシュナ導師が罪を告げ、シヴァンシカはその場に崩れ落ちた。
終わるんだ、と思った。
これが「共和国ルート」の終わり。乗り越えられたと思い、どこか安心していた。だけどその安心の先に待っていたのは、言いがかりにも似た冤罪での破滅。
ぽろり、と涙がこぼれた。
何年後かはわからない、だけどきっとまたナズナと会える。そんな希望を抱いていたがゆえに、この破滅は他のどんなエンディングよりも絶望で満ちていた。
「捕らえろ」
クリシュナ導師の命を受け、女官が駆け寄ってくる。心折れ、抵抗する気力もなくしたシヴァンシカは、あっさりと取り押さえられて縛り上げられた。
「その女は、俺が連れて行く」
縛り上げられたシヴァンシカにワイアットが近づいてくる。
シヴァンシカのあごに手をかけ上向かせると、ペロリ、と舌で唇を舐めた。
「うかつに公表すれば、陛下はレクス国へ攻め入れと言いかねんからな。戦争は望むまい、クリシュナ導師」
「もちろんです、殿下」
「では、まずは俺がじっくりと取り調べて真実を明かそう。レクス国のことは、よいように取り計らってやる」
「ご配慮、痛み入ります」
連れて行かれたシヴァンシカがどんな扱いを受けるか、わからないはずがない。だが、クリシュナ導師は眉ひとつ動かさずワイアットの言に従った。
当事国の代表がそう言うのであれば、他国の大使に言うべき言葉はない。
シヴァンシカを責め立てたカレンも、カレンを取り囲む女官たちも、シヴァンシカから目を背け耳を塞いだ。
――これであるべき姿に戻せましたね。
そんな声が、シヴァンシカの頭の中で響いた。
――さあ、聖女様。
――祖国と大切な人を守るためです。
――思う存分、攻略対象に陵辱されてくださいね。
「……え?」
攻略対象、という言葉に、シヴァンシカはハッとした。
なぜ、そんな言葉が出る?
それだけじゃない。
シナリオ、イベント、選択肢。『私』なら聞き慣れている、だがこの世界の人なら少し首をかしげるような言葉が、どうしてそうもスラスラと出てくる?
顔をあげると、セシルが万年筆を手にニヤニヤと笑っているのが見えた。
そう、万年筆を。
青色の軸に白い線が一本入った万年筆を、セシルは器用にくるくると手で回している。
「あなた……」
その見慣れた光景を見て、シヴァンシカの中の『私』が驚きの声を上げた。
「室田……青磁なの?」
第10章 おわり




