46.最後の問い
広間の入口に、二つの影があった。
一人は、十代前半の金髪の美しい少年。
もう一人は、シヴァンシカと同じ年ごろの、栗色の髪をしたおしとやかな雰囲気の女性。
「セシルか」
「カレン……様?」
なぜカレンがここに?
そんな疑問を浮かべるシヴァンシカの視線に気づき、カレンの顔がみるみる険しくなっていく。
これは。
この表情は。
シヴァンシカは息を飲み、カレンの表情にたじろいだ。
「兄上、他国の大使の前ですよ。安い挑発に乗らないでください」
(この声!?)
セシルと呼ばれた少年の声を聞いて、シヴァンシカの体に戦慄が走った。
あの雑音のような耳鳴りがした時に、いつも聞こえていた声だ。
「さあ、こちらへ」
セシルはカレンを促し、広間の片隅に置かれた椅子へと座らせた。
「お願いしますね」
「かしこまりました」
そして、控えていた女官に声を掛ける。声を掛けられた女官は丁寧に一礼し、そろそろと移動してカレンの周囲に立った。
まるでカレンを守る壁のようだった。
「申し訳ありませんが、男性の皆様は、カレン様に声を掛けないようお願いします」
セシルの頼みに、各国大使はうなずき、クリシュナ導師はカレンから離れた場所へ移動した。
「さて。お初にお目にかかります、聖女様。セシル=アンドルゴと申します」
「セシル……アンドルゴ?」
誰なのそれ、とシヴァンシカは息を飲む。
いない。
この「ゲーム」に、セシルなんて少年は登場しない。全キャラクターのデザインをした『私』なのに、その『私』が知らない少年が目の前にいる。
「あなた……誰?」
「セシル、と名乗りましたが?」
「私の弟だ」
正面の椅子に戻ったワイアットが、再びふんぞり返り尊大な物言いで告げた。
「まあ、王位継承権はないがな」
「うそ……何それ。誰よそれ」
「ひどいですね。聖女様にとって王位継承権のない者は、存在しないも同じですか?」
シヴァンシカの言葉に傷ついた、とでも言わんばかりに、セシルがわざとらしくしょげかえった。
「まあ、かまいませんけどね。今日の私の役目は兄上のサポート。お役目が終わればすぐ退室しますから」
「お役目?」
「ええ。シヴァンシカ様、あなたの罪を証明するために」
――さあ、『断罪』イベントを始めようか。
控室で聞いた、あの声がよみがえる。これまでにない恐怖がシヴァンシカの心と体を縛り上げる。
「さて、シヴァンシカ様。さきほど兄上がおっしゃられた通り、この男、アラディブ導師は、兄上の名をかたり学園の女生徒を辱めていました」
視界の隅で、カレンがびくりと震えたのが見えた。女官の一人が慌てて駆け寄り、「大丈夫ですよ」と優しい声を掛ける。
カレンは震えながらうなずき、視線を上げた。
そして視線の先にシヴァンシカを認め、憎しみに満ちた目でにらみつけてきた。
やめて、とシヴァンシカは声にならない声でつぶやく。
そんな憎しみに満ちた目は、「ゲーム」の断罪イベントでシヴァンシカがライバルから向けられるもの。そんな目を向けられたが最後、シヴァンシカかライバルの女性か、どちらかが破滅する。
それが、この「ゲーム」の絶対のルール。
「さてシヴァンシカ様。あなたはこの男に、そんな指示を出しましたか」
セシルの問いかけに、無言で首を振るのが精一杯だった。
「なるほど。では、ナズナ様のご指示ですかね?」
違う。そんなことナズナがするはずがない。する理由もない。
そう反論したかったが、シヴァンシカの喉は凍り付いたように動かなかった。
「なぜ、ナズナ殿がそんな指示を?」
「さあ、僕にはわかりません。ですが、聖女様が知らないというのなら、すべてはナズナ様の指示なんでしょうね」
「ふん、さすがは魔女。そう簡単には尻尾をつかませませんか」
議論が結論へと向かう。ここにいる誰もが、真犯人はナズナとの認識で一致していく。
「おおかた、聖女様が体調不良で臥せったのを好機と見たのでしょう」
「何も知らないままにしておいて、いざというときすべてを押し付ける、というわけですな」
「やれやれ。魔女というのは困った存在ですな」
「となると、こうして聖女様に疑いが向くようにした、ということですかな?」
「クリシュナ導師。あなたも騙されたのかもしれませんぞ」
好き勝手な意見を出す大使たち。
だが違う。その結論は間違っている。ナズナはそんなことしない。いつだってシヴァンシカを守り、親身になって力を貸してくれた。
違う。
違う、違う。
その結論は違う、ナズナが真犯人なんて、ありえない。
「なにはともあれ。ナズナ殿を捕えねばなりませんな」
共和国首相がそう告げた。だめだ、彼が動けばナズナは国を敵に回す。いくら魔女でも、国を敵に回して無事で済むはずがない。
「違う、そんなの違う! ナズナがそんなことするはずがない!」
思わずシヴァンシカは叫んでいた。
一同の視線がシヴァンシカに集まる。哀れみ、冷笑、さまざまな視線を受け止めながら、シヴァンシカは反論する。
「ナズナはそんなことしない! する意味がない! アラディブ導師がワイアットの名を騙っていたのも、何かの間違いよ!」
「……私も、そのように思います」
叫ぶように反論したシヴァンシカに続いて、震えながら座っていたカレンが声を上げた。
「ええ、ナズナが、そんな指示を出すなんて……ありえません。する意味がありません。その点には、私も全面的に同意します。ですが!」
カレンは言葉を切り、憎しみの視線をアラディブ導師に向けた。
「私に薬を盛り、辱めたのは、そこの男で間違いありません! ええそうです、間違いなくその男です!」
大粒の涙をこぼしながら、カレンが叫ぶ。
「その男が殿下の名を騙る理由なら、私には思い当たります。そうです、シヴァンシカ、あなたです! しつこく王子に言い寄られ、祖国がどうなるかわからんぞと脅されたあなたが、殿下をおとしめるためにやった。そう考えればつじつまは合います!」
憎しみを言葉にしてぶつけられ、シヴァンシカの喉は再び凍り付いた。
「重要な証言と思われますが?」
カレンの激しい憎しみに飲まれていた大使たちに、セシルがつぶやくように告げた。
「動機はどうであれ、この男がカレン様を……まあ、犯人なのは間違いないようです。そして、使われたのはレクスの実。これは一般人にはまず入手不可能です」
「確かに」
「ですが聖女様。あなたなら簡単に手に入れられますよね?」
セシルが笑顔を浮かべ、断罪の言葉を告げる。
一度はナズナへと向いた疑惑が、再びシヴァンシカに向けられる。
「さて聖女様、もう一度だけ問います」
セシルが問いかけ、ザザァッ、と耳鳴りが始まった。
「あの日、法衣の衣装合わせがあった日。あなたは本当に、体調不良で寝込んでいたのですか?」




