45.魔女への疑惑
「ナズナは関係ない!」
ワイアットの言葉に、シヴァンシカは間髪入れず言い返した。
「体調不良で臥せっていたのであろう? なぜわかる?」
「そ、それは……」
「ナズナは魔女。魔法の使い手であると同時に、薬学のエキスパートでもある。違うか?」
「そう……だけど……」
「お前の信頼をいいことに、あの魔女はアラディブ導師とサラを操り、レクスの実を不正に入手していた。十分にあり得ることだと思うが?」
「ナズナはそんなことしない! ナズナはこの国を支える大商会の娘よ!」
「そう、それだ」
シヴァンシカの言葉に、ワイアットは待ってましたという顔になった。
「ギムレット家は古今東西のあらゆるものを扱う大商会。当然、薬も扱っている」
「なるほど。その流通網を使って、レクスの実を密売しますか」
「黙りなさい、クリシュナ!」
まるでワイアットの従者のように発言するクリシュナに、シヴァンシカはカッとなって言葉を荒げた。
「ナズナがどれだけこの国を思い、将来貢献すべく研鑽してると思ってるの! その努力も知らないで、好き勝手言わないで!」
「ですが、魔女です」
シヴァンシカの怒声に、クリシュナは明らかに侮蔑の表情を浮かべた。
「そしてあなたは、その魔女にたぶらかされ堕落した。あれほど優秀だったあなたが二度も留年したのは、あの魔女のせいではありませんか」
「だからそれは、私の努力不足だと言っているでしょ! ナズナはむしろ助けてくれたのよ!」
「報告を受けているのだがな」
ワイアットが下品な笑いを浮かべて口をはさむ。
「先日、スウェン王国のリンダ殿が主催したお茶会で、お前とナズナは恋人同士だと堂々と宣言したそうではないか」
居並ぶ大使たちが「ほう」と声を上げた。
「……誠でございますか、シヴァンシカ様」
「そ、それは……」
クリシュナ導師の鋭い眼光に、シヴァンシカは口ごもった。
それを嘘と言うことはできない。だが、この場でそれを素直に認めては、話がどう転ぶかわからない。
もしもこのまま、ナズナがレクスの実の不正流通に関わっているという結論になったら?
いくらギムレット家の娘でも、いや、ギムレット家の娘だからこそ、お咎めなしとはならない。むしろ見せしめの意味も込めて、大々的に処罰されるだろう。
「ひょっとしたら、もうひとつの件もナズナの指示かね?」
焦るシヴァンシカの耳に、ワイアットの言葉が飛び込んでくる。
「もうひとつ……?」
「そこにいる男が、私の名をかたって、学園の女学生を食い物にしていた件だ」
「はあ?」
何を言ってるんだこいつは、とシヴァンシカはあきれた顔でワイアットを見返した。
「あなたが女の子を食い物にしているのは、誰だって知っていることでしょ。なんでそれがアラディブ導師のせいなのよ」
「確かに私は女好きだが……力づくでというのは、一度もしたことがない」
「うそつけ」
間髪入れず言い返してしまった。ワイアットは一瞬ムッとした顔になったが、すぐに余裕を取り戻した。
「お前にもさんざん言い寄ったが、力づくでというのはなかったであろう?」
「そんなことしたら国際問題になる。あなたは単純にビビってただけでしょ」
「レ……レクス国程度を相手に、ビビるわけないだろう!」
「どうだか。ナズナに杖を向けられて、ばあん、と言われて腰抜かしてたのは、どこの誰でしたっけ?」
「き、貴様ぁ!」
ワイアットが激高し、立ち上がった。
しまった怒らせすぎた、と思ったがもう遅い。顔を真っ赤にしたワイアットがシヴァンシカに近づいてきて、無遠慮に手を伸ばしてきた。
「きゃっ!」
ものすごい力で肩をつかまれ、痛みに顔をしかめた。そんなシヴァンシカを見て、ワイアットが舌なめずりしながら嫌な笑みを浮かべる。
至近距離で、舐めるような目で見られて、シヴァンシカの全身に悪寒が走る。
「いい顔するじゃないか、そそられるぜ」
このまま、この男の嬲り者にされるのだろうか。
恐怖で体が震えた。「ゲーム」の中で、特にこの共和国ルートで、シヴァンシカがこの男にどれだけ屈辱的な扱いをされるか、それを思い出すと体が竦む。
「兄上、落ち着いてください」
そんな時、どこかで聞いたことのある、少年の声が聞こえてきた。




