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44.勘当

 同じ頃。

 執事のウォルトから事情を聴き出したナズナは、階段を駆け上がり父の書斎に飛び込んだ。


「お父様!」

「ナズナ……ノックもせず部屋に飛び込んでくるのは、淑女としていかがなものかな?」


 血相を変えた娘を見ても、ジルは慌てた様子すら見せず、娘の非礼をやんわりと注意した。


「失礼しました、お父様。急ぎの用件でしたので」

「ふむ。まあ、こうなる気はしていたがな」


 ナズナに遅れて姿を現したウォルトの顔色に、ジルは軽く肩をすくめた。


「で、何かね?」

「これよりレクス国大使館へ赴き、シヴァを助けてまいります」

「大使館に殴り込みかね?」

「はい」

「大事ではないか。ギムレット家の命運にもかかわるぞ?」

「場合によっては、アンドルゴ王国と事を構えることにもなるでしょう」

「ギムレット家のみならず、共和国も巻き込むと?」

「そうなりますね」


 あっさりと言い放つナズナの背後で、執事のウォルトが血の気が引いた顔になっていく。


「そういうわけでお父様。お覚悟を」

「やれやれ、当主は私なのだがな」

「い、いけません、お嬢様。それでは……」


 口を開きかけたウォルトの眼前に、ナズナが杖の先を突きつけた。


「黙りなさい、ウォルト。シヴァは、もう私のものなの。神様から、この『漆黒の魔女』が奪い取ったの。自分のものに手を出されて反撃しないなんて、魔女の沽券に関わるのよ」

「ナズナ。私の大切な友人を、あまり怖がらせないでくれ」


 ジルにたしなめられて、ナズナは静かに杖を引いた。

 ウォルトがよろけ、メイドの一人が慌てて支える。ジルとともにいくつもの修羅場をくぐったウォルトをここまで怯えさせるとはと、ジルは娘の迫力に感心してしまった。


「反対したところで、止まりそうにないね」

「おっしゃる通りです、お父様。反対されるのでしたら、まずはギムレット家から滅ぼして差し上げますわ」

「これこれ、それでは脅迫だよ」


 これは本気だな、とジルは娘の目を見て悟った。


「たとえ家を捨て、祖国を滅ぼすことになったとしても、貫きたい愛なのかね?」

「ええ、お父様。シヴァは私のものです。そして同時に、私もシヴァのものなんです」


 神様を捨てて、全てを捧げてくれたシヴァンシカ。

 ナズナはそれを受け取った。

 それは、ナズナもまた全てをシヴァンシカに捧げた、ということだった。


「私、神様にケンカを売ったのですもの。タダで済むとは思っていませんでしたわ」

「そういうことは、事前に教えておいてくれると助かったのだがね」

「申し訳ありません。でも、愛ってそういうものですよね?」


 娘の問いかけに、ジルは亡き妻とのことを思い返す。

 当時、ライバル関係にあった商家の娘だった妻。己の妻とするために、数々の無茶をしたものだ。


「確かにな」


 娘の言葉にうなずき、ため息とともに軽く肩をすくめた後。

 ジルは、腹の底からこみ上げてきた笑いの衝動に全身を揺らした。


「愉快だ! 我が娘ながら、あっぱれな心意気!」


 ジルは手を叩き、娘の心意気をたたえた。


「はてさて、お前は誰に似たのかな。その豪胆さ、ひょっとしたら初代当主の生まれ変わりかもな」


 ほんの百年前まで、ギムレット家はその日の食べ物にも困る貧農だった。そこから一代で成り上がり財を築いた初代当主は、沈着冷静にして豪胆だったという。


「ふふ……どうでしょうね」

「よかろう。ではナズナ、お前をこの場で勘当しよう」


 ジルの言葉に使用人たちがざわめく。だがナズナは微塵も動揺せず、むしろ満足そうに微笑んだ。


「ギムレット家は、お前を追放する。全てのしがらみを捨てて、その愛を貫いてみせよ」

「かしこまりました、お父様」


 ナズナはスカートの裾をつまみ、優雅に一礼した。


「これまで育ててくださった御恩、心より感謝します」

「行くがいい、我が娘よ」


 身を翻し、颯爽と立ち去っていくナズナ。

 その背中を見て「まさにハレ姿だな」と、ジルは満足そうにうなずいた。

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