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39.終わりの始まり

 卒業式はつつがなく終わった。

 それはつまり、「ゲーム」が終わったことを意味する。

 緩やかな曲長のエンディング曲が流れる中、シヴァンシカのその後が簡単に語られて、あとはエンドロール、そして「THE END」と出て終わりである。


 終わったんだ、とシヴァンシカは心から安堵した。

 ナズナも、そしてシヴァンシカも破滅することなく、共和国ルートを乗り切ったのだ。


 だが感慨にふけっている暇はなかった。

 卒業式を終えた後、シヴァンシカはすぐさま学園を後にし、共和国議会を表敬訪問した。

 聖女としての初仕事であり、ひどく緊張したが、その初々しい国家元首ぶりを共和国議員はおおむね好意的に受け取ってくれたようだ。


「この七年間の感謝と、両国関係の益々の発展を、心よりお祈り申し上げます」


 そんな言葉で締めくくった演説には拍手が鳴り響き、どうにか初仕事を無事終えた。

 そして本日二件目のお仕事、各国大使との交歓会に出席するために大使館へ急ぐ途中、シヴァンシカは急激な睡魔に襲われて眠ってしまった。


(う……うう……)


 どろり、とした何か不快な感じの眠りの中。

 ザザザッ、と耳障りな音が頭の中で響く。


(何だろう……この音、何だったっけ……)


 どこかで聞いたことがある音だが、思い出そうとすると頭の中にモヤがかかる。誰かが思い出せないよう邪魔をしているような、そんな気がする。


「聖女様」


 軽く揺さぶられて、シヴァンシカは目を覚ました。


「まもなく大使館に到着いたします」

「あ、うん、ごめん……ありがとう」


 起こしてくれた女官に礼を言い、シヴァンシカは小さくあくびをした。


「各国の大使はすでにご到着されており、クリシュナ導師がお相手されているとのことです。着きましたら別室にてお支度をして、すぐに会場へ入ります」

「一休みする暇もないのね」

「交歓会が終われば、お休みになれますから。さあ、シャキッとしてくださいませ」


 馬車が大使館に滑り込み、シヴァンシカは急き立てられるようにして馬車を降りた。


「急ぎましょう」

「あ、聖女様いけません!」


 走り出そうとしたシヴァンシカを女官が慌てて止めた。急いでほしいが、聖女が人前で走るなどもってのほか、とのことらしい。

 「聖女」に抱くイメージを壊してはならない、ということだろう。

 めんどくさいなあ、と思いつつもシヴァンシカはうなずき、できるだけ優雅に急ごうと、速足で歩いた。


「……っつ」


 ザザザッ、とまた音がした。

 体が浮きそうな感覚に包まれ、ぐらりと体が傾く。慌てて壁に手をついて倒れるのは免れたが、体を包む感覚が消えてくれない。


「どうなさいました?」


 女官の一人が駆け寄り、シヴァンシカの体を支えた。


「なんだか……変な音がして……」

「音?」

「あなたには聞こえないの?」

「ええと、どのような音でしょうか?」


 女官たちがお互いの顔を見ながら、怪訝な顔をした。

 どうやら彼女たちには、この妙な音は聞こえていないらしい。


「いいわ、ごめん……急ぎましょう」


 女官の肩を借りて、どうにか控室へと入ったが、音はますますひどくなっていく。


「ちょっと、ごめん」


 女官たちが髪とごく薄い化粧を直し終えたところで、もう限界とソファーに倒れこんだ。


「何か温かいものをちょうだい。あと、五分でいいから、一人にして」

「聖女様、そんなわがままを……」

「各国の大使の前で倒れるわけにはいかないでしょ」


 体調が悪いことが見て取れないのか、とシヴァンシカは腹立たしく思った。これをわがままと言われては、これからシヴァンシカはカゼひとつ引くことができないのではないだろうか。


「五分くらいどうにかしてちょうだい。あと、アラディブ導師を呼んでほしいのだけど」


 いざというときの善後策を講じておかなければならない。クリシュナ導師が大使の相手をしているのなら、相談できるのはアラディブ導師だけだろう。そう思ってアラディブ導師を指名したのだが。


「アラディブ導師、ですか?」


 シヴァンシカの言葉に、女官たちが困惑した顔を浮かべていた。


「……どうかしたの?」

「あ、いえ……わかりました。お伝えします。では、温かいものをお持ちしますね」


 ザザザッ、と音がする。

 ブレた視界の中、女官たちが一礼して次々と部屋を出ていく。


「……だめだ。なにこれ」


 ザザザッ、という音。どこかで聞いたことのある耳障りなノイズ。どこだろう、どこで聞いたのだろうと思いを巡らせ、その答えを『私』が教えてくれた。


(ラジオの……周波数を合わせるときの音だ……)


 仕事場に置いていた古いラジオ。ダイアル式のスイッチで周波数を合わせるときノイズが入った。あのノイズの音とよく似ている、と思った。


「あうっ……」


 急に雑音が強くなり、シヴァンシカは両手で耳をふさいだ。だが音は頭の中で鳴り響いている。耳をふさいだところで音が消えることはなかった。


「なに、これ……」


 ――へえ、がんばるじゃん。


 どこからか声がする。声変わり前の、少年の声。


 ――だけど、無駄だよ。


「あぅ……うっ……ううっ……」


 ザァァァァァァッ、と耳障りな音がシヴァンシカを包み、強引にシヴァンシカを連れ去ろうとする。シヴァンシカはとっさにソファーにしがみついたが、とても抗い切れそうにない。


 ――シヴァンシカかナズナ、どちらかが破滅する。それがこのルートの絶対の掟だよ。


「あうっ……」


 バチンッ、と強烈な圧力が襲い掛かり、シヴァンシカらの体を浮き上がらせた。

 いや、それは気のせいで、シヴァンシカはソファーにしっかりとしがみついている。

 だが、浮いている。そしてザザザッという音とともに、世界の方が(・・・・・)回り出す。


 ――さあ、『断罪』イベントを始めようか。


 あなた、誰?


 その疑問が脳裏に浮かんだ瞬間、シヴァンシカの意識が途切れた。

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