03.漆黒の魔女
現れたのは、シヴァンシカと並んでも遜色のない、美しい女性だった。
宝石のように輝く、肩で切りそろえた黒髪。体のラインが浮き出るぴたりとした黒い服に包まれた、無垢と妖艶が同居する魅惑的な体。男は欲望で、女は嫉妬で釘付けになるその美貌。
「漆黒の魔女」ナズナ。
共和国きっての大富豪の娘。シヴァンシカと同い年で、二十歳になったばかり。そして、絶滅寸前の「魔法使い」の一人であり、その力は一軍に匹敵すると言われていた。
「どうして……」
ナズナを見て、息を吞むシヴァンシカ。そんなシヴァンシカを無視して、ナズナはゆっくりと近づいて来ると。
シヴァンシカとワイアットの前で止まり、何の感情も見えない顔でつぶやいた。
「なんだ、聖女サマか」
シヴァンシカを見て、つまらなそうにため息をつく。
助けて損した、と言わんばかりのその態度。
聖女であるシヴァンシカと、魔女であるナズナ。シヴァンシカの故国レクスでは、魔女は教えを貶める者として忌避されている。それゆえ、シヴァンシカはナズナを避けており、ナズナはそれが気に入らなくて反目している――この学園に通う者なら誰もが知っていることだった。
ナズナはぷいと視線をそらし、もう一方の当事者に視線を向けた。
「な、なんだ、貴様……」
「耳が汚れる。声を出さないで、ゲス王子」
氷よりも冷たい声だった。
あまりの冷たさに気圧され、言葉を飲み込んだワイアット。そんなワイアットを無遠慮に見つめ、ナズナは鼻で笑った。
「王子様にあらせましては、本日もお盛んなことのようで。ある意味、尊敬いたしますわ」
「こ、これは……」
「声を出すなと言いましたよ。本当に汚らわしい」
何か言い繕おうとしたワイアットを、ナズナはぴしゃりと黙らせた。
「そういえば、私にも声をかけてきたことがありましたね。あの時も力づくで連れて行こうとしたけど」
ナズナの目が、ウジ虫か何かを見るような、そんな冷ややかな目になる。
「私に吹き飛ばされて、わーん、パパー、と叫びながら逃げていったっけ」
「なっ……貴様!」
ナズナの言葉に、顔を赤くし怒鳴り返そうとしたワイアット。
そこへ、ナズナが杖を突きつけた。
「何か、おっしゃりたいことでも?」
「ま、まて、やめろ……杖を向けるな……」
杖を突きつけられ、ワイアットは顔をひきつらせた。魔法で吹き飛ばされた、その時のことを思い出しているのだろう。
周囲にいた学生も慌てて距離を取った。つい先日、彼女を拉致しようとした男たち(おそらくワイアットの手の者)が、一撃でまとめて吹き飛ばされ病院送りになったことは記憶に新しい。
「ま、魔女が、一般人に杖を向けるのは、禁止されているぞ!」
「あなたは一般人じゃないでしょ。お・う・じ・さ・ま」
「き、貴様……」
うっすらと杖の先が光り始めたのを見て、ワイアットは顔を青ざめさせた。
「お、お前、俺に何かあったら……父上が黙っていないぞ?」
「出た。パパ」
くすり、とナズナが笑った。
「王子様は、パパがいないと何もできないのね」
明らかな嘲笑に、ワイアットが憎々しげにナズナを睨んだ。だが向けられた杖が怖いのだろう、シヴァンシカから手を離し、ジリジリと後ずさって距離を取ろうとする。
そんなワイアットを静かに見つめていたナズナだが。
「ばぁんっ!」
不意に大声を出し、ゆるりと杖を振るった。
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
驚いたワイアットが情けない声とともにへたり込んだ。
その様子に、ぷっ、と誰かが失笑し、それがきっかけとなって一斉に笑い声があがった。
怒りと羞恥で顔を真っ赤にさせたワイアットだが、ナズナが杖を突きつけたままなので身動きできない。へたりこんだ状態で憎々しげにナズナを睨みつけるだけだった。
「情けない王子サマ」
「き、貴様……」
「あなたも」
何か言いかけたワイアットを無視し、ナズナはシヴァンシカに視線を向ける。
「……騒ぎ、起こさないでよね。めんどくさいから」
「気を……付けるわ」
シヴァンシカの返事に、ふん、と鼻を鳴らすと。
ナズナは興味をなくしたような顔になり、その場を立ち去っていった。




