33.聖女の資質
庭園の端に置かれたベンチに、ナズナとリンダは並んで座っていた。
二人の視線の先には、着飾った少女たちに囲まれて談笑しているシヴァンシカ。次々と話しかけられて休む暇もないが、とても楽しそうな顔をしていた。
「お茶会は大成功ですわね」
「ええ。色々ありがとう、リンダ様」
「たいしたことはしていませんわ」
リンダはふと悲しげな顔になった。
「……カレン様も来たかったでしょうね。残念ですわ」
「そうね」
シヴァンシカに社交の場の雰囲気だけでも経験させたい。
ナズナから相談を受け、リンダはこのお茶会を企画した。当初は小規模なお茶会を考えていたから、参加者もシヴァンシカと何かしらのつながりがある人を厳選することにした。
カレンは真っ先に名前が挙がった参加者だった。
ナズナとは幼馴染だし、四年次のゼミでシヴァンシカと一緒に論文を書いている。招待にも二つ返事で応じてくれ、とても楽しみにしていた。
「レクスの実……本当ですの?」
「……なぜそれを?」
「スウェン王国にも情報網はありましてよ?」
怖い顔しないでくださいませ、とリンダは肩をすくめると、周囲に誰もいないことを確かめて声を落とした。
「父から連絡がありまして。レクス国の大使が行方不明と。今日のことは知らせていましたから、聖女の様子を報告しろと言われましたわ」
「もうお仕事を始められているのですね」
「ナズナ様がそこまで険しい顔をされるということは、本当なんですね」
無言のナズナに、リンダは小さくため息をついた。
「警戒しないでくださいませ。父には絶対に深入りするなと釘を刺されています。純粋に、カレン様の体調を心配しているだけですわ」
「そう……賢明ね」
レクスの実がからむ犯罪となれば、国家レベルの犯罪となる。いくらリンダが優秀であっても、おいそれと手を出せる案件ではない。リンダの父はそのことを十分に理解し、娘に釘を刺したのだろう。
「カレンなら大丈夫よ。回復に向かっているわ」
「……ナズナ様が治療を?」
「いいえ。それ以上は機密よ」
「そうですか。まあ、回復されているのでしたら一安心ですわ」
ほんの少しリンダは考え込むような顔になったが、すぐに笑顔に切り替わった。父に言われた通り、これ以上の深入りはさけたのだろう。
「あのご様子では、シヴァンシカ様は何も知らなそうですね。父にはそう報告しておきますわ」
「そうしてちょうだい」
「何も知らないというのも、お立場的にはどうかと思いますが……」
「同感ね。当家が情報を遮断しているからでもあるんだけど。それにしてもちょっと自覚が足りないわね」
困ったものね、と言いたげなナズナを見て、リンダが小さく笑う。
「ギムレット家に、いいえ、ナズナ様に守られて、シヴァンシカ様はのびのびと過ごされたのですね」
「のびのびとし過ぎよ。二度も留年したのよ?」
「それについては感心できませんわね。一応伺いますが……シヴァンシカ様、卒業できるんですよね?」
「ええ。先日、追試合格の連絡が来ました。やれやれです」
「ふふ。恋人というより、お母さんの気分ですね」
「まったくです」
キャーッという歓声が上がった。何事かと二人が見ると、参加者の一人がシヴァンシカに似顔絵を描いてもらうことになったようだ。
「楽しそうですわね、シヴァンシカ様」
「そうね。絵が本当に好きなのね」
「……私、ずっと疑問に思っていたことがありますの」
「なに?」
「シヴァンシカ様は、何に怯えていたのでしょうか?」
わざわざ留学してきたのに誰とも交流しようとせず、一人で過ごしていたシヴァンシカ。「聖女様は下々の者とは交流しないのだ」なんて噂が流れ、その態度に反発する者も多かった。
「私も最初は噂を鵜呑みにしていましたけど……途中で気づきましたわ。あの方、私たちを見下しているのではなく、何かに怯えていて、それで人との交流を避けているのだと」
「怯えている……」
「思い当たる節はありませんの?」
「私の前では、そういう感じはなかったから」
「ナズナ様にだけは、気を許していたのですね」
「そう……なのかしら?」
「それに気づいてから接し方に気をつけましたわ。そうしたら仲良くなれましたが……シヴァンシカ様、案外気さくというか、ずぼらというか。聖女のイメージ、ちょっと変わりましたわ」
その美貌と「聖女」という肩書きゆえに先入観を持ってしまっていたが、シヴァンシカが「聖女」らしいのは外見だけだった。
どちらかというと不真面目で、のんびりとしていて、好きなことだけしていたいと考えている、どこにでもいそうな子。
そんなごく普通の女の子が、聖女に祭り上げられ、環境の激変に怯えているのではないか。リンダはそう考えるに至ったという。
「……合ってる」
怯えている云々はともかく、人物像はほぼリンダの言うとおりだとナズナも認めた。
「さすがは外交官。人を見る目は確かね」
「ふふ、ナズナ様のお墨付きを得て、自信が出ましたわ」
「それで、イメージ変わって失望した?」
リンダはあごに指を当て、うーんとうなった。
「そうですわね。聖女としてやっていけるのか、という点ではとても心配ですね。私が導師なら、とっとと国に帰らせて一から教育し直しますわ」
「あら怖い」
「宗教の、そして国の代表ですよ? あのサボり癖だけはなんとかしていただきませんと」
「おっしゃるとおり」
「でも、聖女としての資質というのであれば……あの方はちゃんと備えておられると思いますわ」
「そう?」
「ええ。少し恥ずかしい話になりますが」
リンダは髪をかき上げ、照れくさそうな笑みを浮かべた。
「私、子爵家令嬢としてチヤホヤされて育ちましたので。留学してきた当初は、自分が一番偉い、貴族ではない人は下賤、なんて考えていましたわ」
だがシヴァンシカは違った。
子爵家令嬢よりも「偉い」はずの聖女は、自分が一番だなんて考えておらず、相手が優れていれば素直に称賛した。身分や出自で態度を変えたりせず、使用人がやるような雑用も平然とこなしていた。
「あまりにも理解不能な存在で、反発したものです」
「そうでしたね。リンダ様、何かとシヴァに突っかかってましたね」
「ああもう、言わないでくださいませ。顔から火が出る思いですわ」
シヴァンシカに出会い交流を深めていく中で、リンダは肩の力を抜くことを覚えた。そうしたら視野が広がり、世界はとても広くて多種多様な人がいるのだと気付かされた。シヴァンシカとの出会いがなければ、リンダは外交官を目指そうとは思わなかっただろう。
「シヴァンシカ様を知る方は、多かれ少なかれ同じような思いを抱いています。あの方はきっと、立派な聖女として多くの人を導く存在になりますわ」
「サボリ癖さえ直せば、ですけどね」
「ほんと、それですわね」
ナズナの言葉にリンダは深くうなずき。
お互いを横目で見て、二人は小さな笑みを浮かべた。




