32.サプライズ
のべ三時間。
シヴァンシカとナズナがすべての参加者のテーブルを回り、自分の席に帰ってくるまでにかかった時間である。さすがに疲れた、とシヴァンシカはぐったりとした気分で席に着いた。
みんながシヴァンシカとナズナに興味津々で、特に二人の仲については聞きたがった。
「ええ、私とシヴァは恋人同士よ」
ナズナの堂々とした宣言は、参加者たちに黄色い悲鳴をあげさせた。社交に不慣れなシヴァンシカをさりげなくサポートするナズナの姿はみんなを感動させ、そんなナズナに向けるシヴァンシカの優しい笑顔はみんなを悶えさせた。
「ああ、なんて素敵なひとときでしょう。まさに眼福、至福、心からの祝福ですわ」
誰もがうっとりとした声を上げ、だが、と続ける。
「来週の卒業式で、お二人はお別れですのね」
「切ないですわ。あんなに仲睦まじいお二人なのに」
「聖女と魔女。相容れないお二人の愛。ああ、なんとかならないのでしょうか」
「いけませんわ。ご本人たちはもう納得されておられるのですから」
「ええ、そうですとも。私たちは最後まで、温かく見守りましょう」
そんな会話をぼんやり聞いていたら、コトリ、とシヴァンシカの前にケーキが乗ったお皿が置かれた。
顔をあげると、リンダが笑みを浮かべ「お疲れ様」とねぎらってくれた。
「どうですか、初めての社交の場は?」
「……さらし者になっている気分ですね」
「その通り。でもシヴァンシカ様は、これから一生こうですのよ」
そうか、とシヴァンシカはリンダの言葉に嘆息する。
神託の聖女。レクス国民の崇拝の対象。国に帰ればシヴァンシカはその一挙手一投足が注目され、聖女として振舞うことを求め続けられる。気を緩め、休める時間などないかもしれない。
「早めに味方となる人を作ることをお勧めしますわ」
聖女ではなく、シヴァンシカ個人のために働いてくれる人を。気の休まらない日々の中、本音と弱音を吐ける相手を。それを早めに見つけるようにと、リンダは優しい口調で助言をくれた。
その言葉を聞いて、そういうことか、とシヴァンシカは思い至る。
「……もしかしてこのお茶会、発案者はナズナ?」
「さあ、どうでしょう」
シヴァンシカの問いに、リンダは笑みを浮かべた。
「ナズナ様は、シヴァンシカ様のことを心から案じておられます。社交を避け続けたあなたをとても心配しておられましたわ」
「そっか……心配かけちゃってたのか」
だめだなあ、とシヴァンシカは自嘲した。
ナズナを守るため、ナズナを助けるため、「イベント」を避け続け「フラグ」を立てまいとしたシヴァンシカ。ナズナには、それは嫌なことから逃げ続けていただけのように見えていたのかもしれない。
「私なら見捨てちゃいますのに。愛されているのですね。うらやましいですわ」
「ふふ、いいでしょ? 自慢の恋人よ」
「あら、開き直りましたのね」
「ナズナが堂々と宣言したのだもの。私だってコソコソしないわ」
「あらあら、これはあてられてしまいますわね」
お手洗いにと席を立っていたナズナが、ホテルのスタッフとともに戻ってきた。
「ここへ置いてくださる?」
ナズナの指示で、会場前方の開けたところにイーゼルが置かれ、その上に布がかけられた四角いものが静かに置かれた。
何事だろう、と参加者たちの視線が集まる。リンダも同じような顔をして、「なんですの?」とシヴァンシカに目で問いかけた。
「私からリンダ様への贈り物です」
「シヴァンシカ様から?」
驚くリンダの手を取り、シヴァンシカはイーゼルの前へと進んだ。リンダは困惑顔で、シヴァンシカとナズナに首をかしげている。サプライズは成功かな、とシヴァンシカは小さく咳ばらいをし、参加者全員に聞こえる声で告げた。
「人付き合いの悪い私と根気良く付き合い、友情を育んでくれたリンダ様に。私からささやかなお礼です」
シヴァンシカの合図でナズナが布を取った。
リンダの肖像画があらわになる。それを見たリンダは大きく目を見開いて、両手で口を押えた。
「こ、これ……私!?」
「感謝を込めて描きました。受け取っていただけると嬉しく思います」
「え、これ、シヴァンシカ様がお描きになったのですか!?」
リンダの叫びに、参加者がどよめいた。
「拡大しますね」
絵を見ようと参加者が立ち上がったのを見て、ナズナがそれを制して杖を振るった。
空中にリンダの肖像画が拡大されて映し出される。それを見た参加者は再びどよめいた。
なんて素敵な絵、と誰もが思い、感嘆の声すら上げられなかった。
まるで今日のドレス姿を予見したような、華やかな装いのリンダ。ただ美しく描いただけではなく、リンダの凛とした人柄が見事に描かれている。ここにいる全員がこれはリンダだと断言できる、そんなすばらしい絵だ。
しかも、神託の聖女の手によるものだ。その価値は計り知れない。
「絵を入れた額は、ナズナからです」
「まあ……まあ、そんな……こんなに素敵なものを……」
リンダが震える手を伸ばし、そっと絵に触れた。本当にいいの、とシヴァンシカとナズナに目で問いかけ、二人がうなずくと恐る恐る手に取った。
「いやだわ、どうしましょう。私、嬉しくてたまりませんわ」
「喜んでいただけて何よりです」
「喜ばないわけありませんわ。もう、こんなサプライズ……私どうしていいか……」
感激のあまりリンダが涙をこぼした。ナズナがそっと近づいてハンカチを差し出すと、リンダは涙を拭って輝くような笑みを浮かべた。
「私、これを家宝にして末代まで伝えますわ。ありがとう、シヴァンシカ様、ナズナ様。私、お二人と友人になれて本当に幸せですわ」




