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31.熱狂

 お茶会の参加者は女性のみの少人数。

 リンダにはそう言われていたが、ずいぶんと様相が違った。

 会場はスウェン王国の大使館近くにあるホテル。その庭園を借り切ってのお茶会で、スタッフいわく参加者は二百名近いという。


「みなさま、お二人のご到着をお待ちでございます」


 ホテル支配人直々の案内で、二人は庭園へと案内された。


「え、なに、どういうこと?」

「ふふ……これは、リンダ様のサプライズかもね」


 戸惑うシヴァンシカに対し、ナズナは落ち着いたものである。貴人を招いてのパーティーでは、この程度のサプライズはつきものらしい。


「政敵を招いてのパーティーなんかだと、出合い頭にガツンと、て感じでやることもあるわね」

「……帰っていいかな?」

「大丈夫よ。あくまで学友同士の交流会。ちょっとしたイタズラでしょ」


 ホテル建物から出て、庭園への通路の途中でリンダが出迎えてくれた。

 いつものすっきりとした装いではなく、貴族のご令嬢らしいドレス姿で、スカートをつかみ優雅に一礼して微笑んだ。


「お待ちしておりましたわ、シヴァンシカ様、ナズナ様」

「……リンダ様、どういうことかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「シヴァンシカ様。そんな引きつった笑みを浮かべては、せっかくの美貌が台無しですよ」


 うふふ、と楽しげに笑うリンダ。


「いえほんと、最初は十人程度のお茶会のつもりでしたのよ? ですが、シヴァンシカ様とナズナ様がそろって出席されると聞いて、参加希望者が殺到しまして……」


 同居していながら、学園では仲が悪いフリをし続けていたシヴァンシカとナズナ。その二人がそろってお茶会の招待に応じたと聞いた多くの女生徒、特に他国からの留学生が、お茶会に招待してほしいと懇願しにきたそうだ。


「まあ、皆様が必死になる理由もわかりますし。無下にしてはかわいそうかと……」


 聖女シヴァンシカとのコネを作って来い。

 彼女たちのほとんどは、自国政府からそう言われてきたはずである。この最後のチャンスを逃すわけにはいかなかったのだろう。それを思うと、シヴァンシカも「約束が違う」とは言いにくくなった。


「私といたしましても、ここで恩を売っておけば、後々何かと便利そうですしね」

「……したたかですこと」

「誉め言葉と受け取っておきますわ。まあそれはそれとして」


 リンダは目を輝かせ、うっとりとした顔を浮かべた。


「盛装しておられると聞いて少し心配しましたが……ああもう、お二人とも最高です!」


 シヴァンシカは、黒いシャツに黒いパンツ、そして真紅のジャケット。

 ナズナは、同じ色合いのやや古風なドレス。


 本日の二人のコーディネートである。

 そう、シヴァンシカは男装なのだ。

 てっきりドレスを着ると思っていたシヴァンシカだが、三日悩んだというミズハが「シヴァンシカ様は男装で」と提案し、ナズナが「さすがね、ミズハ」と即採用した。「なんで男装?」と思ったシヴァンシカだが、リンダの反応を見るにこれで正解だったらしい。


「わかってらっしゃるわぁ。普段着で来ていただいて、用意した衣装に着替えていただこうと目論んでいましたが、上を行かれました。さすがはギムレット家、気の利く使用人がいらっしゃるのね」

「ええ、自慢の執事です」

「で、つまり、お二人はそういう仲なんですのね? そういうことですよね?」


 目の輝きが倍になったリンダに、ナズナはどこからか取り出した扇で口元を覆う。


「ふふ、ご想像にお任せしますわ」

「ああん焦らさないでくださいまし。コネなんかどうでもいい、二人の関係をこの目で確かめたいと、みんな盛り上がっていますのよ」


 え、そっち?

 あきれるやら戸惑うやらのシヴァンシカをよそに、何やら盛り上がって顔を上気させるリンダ。それに対しナズナは意味深に笑うのみ。ナズナの顔が勝ち誇っているように見えるのは、シヴァンシカの気のせいだろうか。


「ああもう! この後、色々聞かせていただきますからね。お答えいただくまで逃がしませんからね!」

「え、あの、その……」

「ふふ、お手柔らかに」

「さあ、それではお庭へまいりましょう。みんなお二人を待っていますわ」


 ホテル支配人が一礼して下がり、代わってリンダに案内されて二人は庭園に入った。

 まるで新郎新婦のようなおそろいの服に身を包み、腕を組んだシヴァンシカとナズナが姿を見せると、庭にいた参加者から一斉に歓声が上がった。


「うそっ! シヴァンシカ様、男装!?」

「よ、予想外! でもいいっ! 最高!」

「ナズナ様も、なんておかわいらしい!」

「ステキ! ステキすぎよぉっ! なんてお似合いのお二人!」

「やっぱりそうなのね! あのお二人、愛し合っておられるのね!」

「ああもう、王子様なんていらない! 美女は美女と愛し合う、それが正しいのよ!」


 会場は一気に盛り上がり、異様な興奮に包まれた。そのすさまじさにたじろぎ回れ右をしたくなったシヴァンシカだが、ナズナががっちりとシヴァンシカをとらえて離さなかった。


「はい、逃げないの。堂々としてちょうだい、シヴァ」

「だって、これ……」

「あなた、国に帰ったらこれ以上の熱狂で迎えられるのよ。この程度でたじろいじゃダメ」


 ナズナの指摘に、シヴァンシカはハッとなった。

 ナズナの言う通りだ。三百年ぶりに現れた聖女が、留学を終え七年ぶりに国に帰ってくる。崇拝の対象たる聖女が相手だ、レクス国民の熱狂はこの比ではない。


「さ、笑って手を振って。大丈夫、今日は私が付いているわ」

「……うん」


 シヴァンシカは深呼吸して息を整えると、出迎えてくれた学友に笑顔を返した。


「みなさま、遅くなって申し訳ございません。今日はよろしくお願いします」


 ギャーッ、と絶叫が上がり、バタバタと何名かが倒れた。「え、どうしよう」とシヴァンシカは焦ったが、ホテルスタッフが素早く駆け寄り介抱するのが見えた。さすがは一流ホテルのスタッフ、緊急事態にも動じていない。

 シヴァンシカとナズナの二人が庭園中央の席に着くと、熱狂はいったん収まった。

 主催者のリンダが前に出て、挨拶をする。その間にホテルスタッフが出席者にお茶を入れて回り、お茶会の準備が整った。


「最後に、主催者からの注意です」


 お茶が行き渡ったのを見て、リンダがコホンと咳払いをした。


「今回の主賓、シヴァンシカ様とナズナ様は、みなさまのテーブルを順番に回ります。ちゃんとお話しする時間は設けます。くれぐれも(・・・・・)、勝手に席を立ってお二人のところへ行かないように。ルール違反は、即退場していただきます」


「はーい!」


 声をそろえて返事をする少女たち。シヴァンシカが若干引きつった笑みを浮かべてナズナを見ると、ナズナは「仕方ないわね」とため息で応じた。


「それではみなさま、いただきましょう。乾杯(プロージット)!」


 いや、お酒じゃないんだから。飲み干しちゃだめでしょ。


 満面の笑みでカップを掲げるリンダに、シヴァンシカは心の中で突っ込んだ。

 どうやらこの会場で一番舞い上がっているのは、リンダのようだった。

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