30.大切な友人
(今、この夢を見せますか)
夢うつつの中で、シヴァンシカは『私』に文句を言う。リンダに招待されたお茶会へ向かう馬車の中。少し時間があるからと目を閉じたら、あっという間に眠ってしまった。
そして夢で見たのが、よりによって決着のパーティーシーンとは。
お茶会で何かが起こるのだろうか。
そんな不安を感じさせるとともに、夢は大事なことを思い出させてくれた。
「ゲーム」の中でシヴァンシカが世話になるのは、ギムレット家ではなくベロニカ商会。共和国へ来て最初にできる友人は、ナズナではなくカレンだ。
優しい性格のカレンは、国の未来を憂うシヴァンシカを励まし、色々と助けてくれる。やがてライバルとなるナズナとは幼馴染で、序盤は三人で友情を育んでいく。
だがシヴァンシカがワイアット王子を誘惑し始めると、徐々に関係が壊れていく。それでも最後までそばにいてくれたカレンだが、シヴァンシカの勝利が決まると離れていってしまう。
(カレン、大丈夫かな)
三週間前、錯乱状態で見つかったというカレン。詳しくは聞かされていないが、おそらくレクスの実の中毒症状だろう。あの日そうなるのはシヴァンシカのはずだった。カレンが自分の身代わりになったのだと思うと、シヴァンシカは申し訳なさで心がいっぱいになり、ぶるりと体が震えた。
「シヴァ、起きたの?」
ナズナの優しい声が聞こえた。夢うつつだったシヴァンシカの意識が覚醒し、ゆっくりと目を開けた。
「もうじき着くわよ」
「あ……うん……」
「大丈夫?」
ぼんやりしていたら、ナズナが顔をのぞき込んできた。
心配そうなナズナの表情を見て、よかった、とシヴァンシカは安堵する。
夢の中で、ナズナは憎しみに満ちた目でシヴァンシカを睨んでいた。もしも今ナズナにあんな視線を向けられたら、シヴァンシカはきっと耐えられないだろう。
「平気よ、ナズナ」
「あ、ちょっ……だめ、シヴァ」
抱きしめてキスをしようとしたら、ナズナに慌てて止められた。
「なんで?」
「口紅が落ちちゃうでしょ」
「塗り直せばいいじゃない」
「そういう問題じゃ……ん……」
強引にキスをした。ナズナの小さな体がぴくんと震え、数秒で押し返された。
「んもお。強引なんだからぁ」
甘えた声とともに、頬を膨らませるナズナ。シヴァンシカはそんなナズナを抱きしめ、ぬくもりにほっとした。
「どうかしたの、シヴァ。ちょっと変よ?」
「あー、うん……なんか、ね。変な夢見たの」
ナズナの肩に頭を乗せ、シヴァンシカは目を閉じた。
「ご神託の夢?」
「そうかな……よくわかんない」
「大変ね、聖女サマも」
「もう勘弁してほしいかな」
聖女と魔女の最後の対決、共和国ルートのクライマックスシーン。あのシーンの最後では、シヴァンシカかナズナのどちらかが死ぬ。
そのとき、死にゆく敗者に駆け寄って看取るのは、二人の共通の友人カレンだ。
「ゲーム」ではとても重要な役割なのに、カレンとは授業以外で交流がなかった。それを思うと、シヴァンシカは少し寂しくなった。
「ねえ……カレン様、大丈夫かな?」
「……ベロニカ商会のカレン?」
少し間をおいて答えたナズナに、シヴァンシカはうなずいた。
「急に……どうして?」
「ミズハさんに聞いたの。錯乱状態で見つかった、て」
「そう」
「私のせいかな。私があの日、逃げちゃったからかな」
「違うわよ、シヴァ」
ナズナの手がシヴァンシカの頭を優しく撫でた。
「あなたは何も悪くない。悪いのは、カレンをひどい目に遭わせた人よ」
「お見舞いとか、行ったほうがいいかな……」
「あなたが行くと大げさになるわ」
学友とはいえ、それほど親しかったわけではない。そんなカレンのところへ聖女のシヴァンシカがわざわざお見舞いに行けば、注目を集めてしまう。
「カレンはこのことをあまり知られたくないでしょうから。落ち着くまで、そっとしておきましょう」
「……うん、そうだね」
「ほら、もう着くわ。しゃきっとして」
ポンポン、とシヴァンシカの背中を軽く叩き、ナズナが明るい声を出した。
「主役がそんな顔をしちゃダメよ。社交の基本は笑顔よ、シヴァ」
「うん」
励まされ、シヴァンシカはナズナの肩から顔を上げた。
ナズナの手がシヴァンシカのほおをつまみ、「えい」とひっぱる。強引に笑顔にされたシヴァンシカは、「いひゃい、いひゃい」と声をあげ、笑いながら背筋を伸ばした。
「ええ、それでいいわ。素敵なシヴァを、みんなに見せつけてやりましょう」
「あんまりハードル上げないでよ。緊張しちゃう」
「大丈夫、私がそばにいるわ。さあ、胸を張っていきましょう」