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24.リンダの写真

 レクスの実の騒ぎの後、シヴァンシカは卒業式まで館から出ることを禁じられた。

 お誘いを受けているリンダのお茶会だけは参加を許されたが、これはナズナが同伴するからだ。事実上の軟禁。事件の重大性を思えば当然の措置だと、シヴァンシカも納得した。


 だが、困ったことがひとつ。

 お茶会に招待してくれたリンダに何かお礼の品をと考えていたのだが、それを買いに行くことができなくなった。

 どうしたものかと悩むシヴァンシカに、ナズナは事も無げに言った。


「あら簡単よ。リンダ様の肖像画を描いて差し上げればいいのよ」

「え、肖像画?」


 思いもよらない提案に、シヴァンシカは驚いた。


「シヴァ、絵が上手でしょ? 勉強そっちのけで、ノートの端によく絵を描いてたじゃない」

「あ、あれは、落書きみたいなもので……」

「そう? 上手だなあ、と感心していたのだけど。お喜びになると思うわ」

「えー、大丈夫かな……」

「大丈夫よ。少々下手でも、聖女サマが手ずから描いた絵というだけで貴重だわ」


 そんなやりとりを経て、シヴァンシカがリンダの肖像画を描き始めたのが昨日のことだ。

 描けるだろうか、という不安は、絵筆を動かし始めてすぐに消えた。


 描けた。


 画材の使い方、鉛筆や絵筆の動かし方、アタリの取り方、色の配合。そういったものが記憶の底から湧き出てきた。

 本格的な絵の勉強など一度もしたことがないのに、絵筆が自然と動いて、真っ白な画用紙にリンダの姿を浮かび上がらせていけた。


「……驚いたわ」


 ナズナも、できあがっていく肖像画に目を見張った。


「上手だとは思っていたけど、ここまで本格的なんて。シヴァ、あなたどこで習ったの?」

「どこで、て……別に習ってないけど」


 戸惑うシヴァンシカに、ナズナが何やら言いたげな視線を向けた。

 だが、嘘ではない。

 シヴァンシカとしてはもちろん、『私』も誰かに絵を「習った」ことはなかった。


 ひたすらに描き、好きな絵を「倣った」だけだ。


 何千枚も、何万枚も。

 もう嫌だ、もう逃げたい、そんな思いを抱えながら、絵筆を動かさずにはいられなかった。誇張でもなんでもなく、『私』は血反吐を吐きながら描き続けていた。


「習っていなくてこれって、世の画家が絶望するわ」

「そう言われても……」

「これも神の恩寵かしら。聖女サマって、ちょっとずるいわね」


 そう、この技術は『私』が命を削って手に入れたもの。それを自在に扱えるシヴァンシカは、ナズナの言う通りずるいのだろう。


「もうほとんど完成ね」


 シヴァンシカの半歩後ろに立ち、絵を眺めていたナズナがつぶやいた。


「まだよ」


 シヴァンシカは静かに首を振る。


「七割、てとこかしら」

「え、これで?」

「細かいところが、どうしてもね。記憶頼りだからあいまいで……」


 リンダの飾らない美しさ、柔らかさと強さが同居した自立した精神。そういったものが表現できていない。これではただの似顔絵だ。肖像画として贈るのであれば、この絵からリンダらしさを感じて欲しいと思う。


「ここにリンダ様をお呼びして、じっくり観察したいわね」

「だめよ。あなたは体調不良で静養中なのだから」

「わかってるけど……」


 困ったな、とシヴァンシカはため息をついた。

 このままでは未完成の絵を渡すことになってしまう。それでもリンダは喜んでくれるかもしれないが、シヴァンシカとしては納得いくものに仕上げたかった。


「そうね……」


 困った様子のシヴァンシカを見て、ナズナがしばし考え込んだ。


「……いいものがあるわ。ちょっと待ってて」


 何かを決意したような、そんな顔でナズナが部屋を出て行く。

 なんだろう、と首を傾げるシヴァンシカ。

 まもなく戻ってきたナズナは、小さな紙を持っていた。


「これ、参考になるでしょ?」


 ナズナが差し出したのは、リンダの「写真」だった。

 しっかりとおめかしをして、少し緊張した表情を浮かべていた。誕生日か何かの記念写真だろうか。白黒だがきれいに撮れている、これなら参考になりそうだ。


「へえ、写真なんて持ってたんだ。ナズナが撮ったの?」


 写真を持つナズナの手が、ピクリと動いた。

 なんだろう、と顔を上げると、ナズナがまっすぐにシヴァンシカを見つめていた。


「どうしたの?」


 何やら尋常ではない雰囲気だ。シヴァンシカが首をかしげると、ナズナはハッとして目を伏せた。


「……リンダ様の写真、部屋に飾っていたわけじゃないからね?」

「はい?」

「だから、その……浮気なんかしてないからね」

「は?」

「だって、なんだか……他の女の写真なんてどうして持ってるの、て言われてるように聞こえたから……」


 しょげて、むくれて、ちょっと気が引けて。そんな感じの、なんと表現していいかわからない顔をしたナズナ。

 シヴァンシカはぽかんとその顔を見ていたが。

 数秒後、「ぷっ」と吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。


「ナズナ、あなたねえ……」

「だ、だって。シヴァの写真は持ってないのに、リンダ様の写真は持ってるなんて……その……」

「ああもう、ナズナってば、かわいすぎ!」


 シヴァンシカは笑いながらナズナを抱きしめた。


「写真なんていらなかったじゃない。顔が見たければ、すぐ会えるんだし」

「そ、そうだけど……怒ってない?」

「何を怒るの? まったくもう」


 シヴァンシカの心に、ナズナへの愛しさが満ちていく。

 前世である『私』が愛したナズナ。自分の想いも、ひょとしたら『私』の記憶に引きずられているだけではと悩んだこともある。

 だけどはっきり言える。『私』なんて関係ない、シヴァンシカはシヴァンシカとして、ナズナを心から愛していた。


「ナズナが私にゾッコンなのはわかってるもの。心から信じているわ」

「……うん。私も、シヴァを信じてる」


 ナズナがシヴァンシカを抱きしめる腕に力が込もった。少し苦しいぐらいのその強さが、ナズナが秘めている思いの強さを示しているようだ。


「だから……だから、裏切ったりしたら、絶対に許さないからね」

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