01.白銀の聖女
すうっ、と。
浅い眠りから目を覚ました。
時間まで本でも読んで気持ちを落ち着けようと思っていたのだが――選んだ本がまずかったのか、ほんの数ページ読んだところで、彼女――シヴァンシカは居眠りしてしまったらしい。
(この状況で……寝るか、私)
己の情けなさにため息をつき、シヴァンシカは姿勢を正した。
サラリと流れる白銀の長い髪、ゆったりとした白い服で包んだ華奢な体。
美しい、という言葉だけでは足りない、どこまでも清らかな美貌は、無言で佇むだけで周囲を圧倒した。
「白銀の聖女」シヴァンシカ。
彼女のことは、この学園に通う者なら誰もが知っていた。
宗教国家レクスの生まれ。
五歳の時に神託により「聖女」とされ、十三歳の時に、ここラベーヌス共和国へ留学生としてやってきた。その頃から美しい少女であったが、まもなく二十歳となる今、微笑むだけで国の一つや二つ滅ぼしてしまいそうな、絶世の美女に成長していた。
(変な夢、見たな)
うたた寝している間に変な夢を見た。それは覚えているのだが、内容を思い出せなかった。
小さくため息をつく。
シヴァンシカにとって、夢は重要な意味を持つ。できるだけ内容を思い出したいのだが、どれだけ首をひねっても思い出せなかった。
でも。
ひとつだけ覚えている。
あなたは絶対、死なせない。
夢の中で、誰かが叫んだその言葉。怒りと悲しみが交じり合う、心の底からの叫び。
その叫びは自分に向けられていたように思う。想いを叩きつけるような、そんな叫びを聞きながら自分は――どうなったのだろうか。
(死んだ……のかな?)
自分を大切に想ってくれている、誰かの腕の中で。
それは、今のシヴァンシカにしてみれば――不謹慎と怒られそうだが、少しうらやましい状況だった。
(聖女としての自覚が足りない、て……怒られちゃうかな)
シヴァンシカは軽く頭を振ると、窓の外へと目をやった。
(いよいよ今夜、か)
図書館東側、窓際のカウンター席の一番奥。いつからかそこがシヴァンシカの指定席となっていて、他の学生がなるべくそこを使わないように気を遣ってくれた。
そんなに気を遣わなくていいのにと思う反面、一人で考え事をするにはうってつけの場所なので、いつでも使えるのはありがたかった。
特に、今日は。
(覚悟は決めたよね、シヴァンシカ)
腹はくくった。
今夜、自分の身に何が起ころうとも、それは自分が選んだこと。国のために身を捧げるのは「聖女」と呼ばれる自分の役目だ。
それに大切な人を――愛した人を守るためなら、この身が破滅しても構わない。死ぬよりつらい目に遭うかもしれないけれど、それも覚悟の上の決断だ。
(この席とも、もうお別れね)
明日になれば自分の立場は大きく変わっているだろう。図書館はおろか、学校に来るのも今日が最後になるはずだ。
誰も恨みはしない。これはきっと神様の思し召しなのだ。
でも、怖いと思うのは仕方のないこと。少しでも苦しみが減りますようにと、シヴァンシカは残りわずかな時間で神に祈りをささげた。
カーン、カーン、と授業の終わりを告げる鐘がなった。
その音に、びくりと身を竦ませたシヴァンシカだが――祈りの姿勢を解くと、深呼吸し、軽く頬を叩いて気合を入れた。
「よし、行くよ」
授業を終えた学生が、続々と校舎から出てくるのが見えた。
タイミングがずれたらアウトだ。そうなるとイベントが起きない。やっとのことで覚悟を決めたのだ、ここで逃げ出すわけにはいかない。
「第二講義棟、正面出口……うん、今から行けばばっちりね」
「聖女」として国を守るため。
そして何よりも。
愛した人を死なせないため――シヴァンシカは背筋を伸ばし、ゆっくりとした足取りで図書館を後にした。




