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17.思い出作り

 ワイアットの強引な誘いを断った日から、二週間が過ぎていた。

 その日、ナズナとシヴァンシカは、お茶会へ着ていく服を選ぶため、ギムレット家御用達の衣装店へと足を運んでいた。


「華やかなものだな」


 娘がはしゃいだ様子でドレスを選んでいるのを見て、父親のジルは安堵した。

 シヴァンシカと出会って以来、黒い服ばかりを着るようになったナズナ。いつしか「漆黒の魔女」などというたいそうな二つ名をつけられてしまい、父親としては少々心配していたところだ。


「ナズナ様もお年頃の女性ですから。興味がないわけではありません」

「ならば普段も、もう少し華やかな服を着ればよいものを」

「それについては師匠の指示です。欲に流されぬよう、修行が終わるまでは黒い服を着て華やかな世界と距離を取るように、と」


 十四歳で魔法の才に目覚めたナズナ。その魔力は相当に強く、己の欲のままにふるえば世界に甚大な被害を与えかねないという。


「そういうことか」


 ミズハをじろりとにらみ、ジルは嘆息した。


「秘密主義もわかるが、少しは話してくれてもよかろうに」


 二人の衣装選びはまだまだ時間がかかる。そう言われて、ジルはミズハを促し別室へと移動した。


「それで、だ」


 ソファーに身を沈め、ジルは大きく息をついた。


「ナズナと聖女様は、どうなのだ?」

「それはもう仲良くやっておいでですよ。昨日も新茶を買いに、朝早くからお出かけでした」

「仲良く、か」


 ミズハの報告に、ジルは苦虫を噛み潰したような顔になる。


 疎遠だったシヴァンシカとナズナが、急に仲良くなった。


 学園に通う学生たちの間で最もホットなその話題。学園に忍び込ませている者からの報告で、ジルも把握していた。

 卒業を前に和解した、ということは誠に喜ばしい。なにせ相手はレクスの聖女、国に帰れば国家元首に等しい身。娘を通してコネがあるというのは強力な武器になるだろう。

 だが、仲良くなった程度がどうにも怪しい。


「率直に言って……どうなのだ、あの二人は」

「ご推察の通り」


 ミズハは小さく笑った。


「相思相愛ですね。あてられてばかりです」

「結局そうなったのか」


 やれやれ、とジルは頭を抱えた。

 初めて会った日から、ナズナはシヴァンシカに好意を抱いていた。それが友情ではなく愛情に近いものだと気づいたのは、一年ほど経った頃。このままではシヴァンシカと恋仲になり、側仕えとしてレクスへ付いて行くと言い出しかねないと危惧し、シヴァンシカを他家に預けようと真剣に考えたほどだ。

 だがシヴァンシカは、魔女となったナズナを避けるようになった。ならばよいかと思ったのだが――どうやらそれはジルを欺くための演技で、とうの昔に恋仲になっていたらしい。


「ナズナには、婿を迎えてギムレット家を継いでもらわねばならぬというのに……」


 ナズナは一人娘だ。ギムレット家の未来はナズナにかかっている。魔女になるというのはともかく、聖女の恋人になってレクスへ行くなど、ジルは許すつもりはなかった。


「その点のご心配は無用かと」

「ほう、なぜだ?」

「お二人はちゃんと立場をわきまえておられます。確かに愛し合っておられますが、ナズナ様はレクスへ行く気はありませんし、シヴァンシカ様もナズナ様を連れて行く気はありません」

「直接聞いたのか?」

「はい」


 シヴァンシカにはレクスで、ナズナには共和国で。それぞれにやるべきことがあり、人生を共に歩むことはできない。

 ミズハの問いに、二人はきっぱりと答えたという。


「……そうか」

「お二人は思い出を作るために、最後のひと時を過ごされているのでしょう。少々のことはお目をつぶる方が、未練を残さずに済むかと」

「わかった。心しよう」


 ため息とともにうなずいたジル。

 そんなジルに、ミズハは何か問いたげな顔になる。


「どうした?」

「いえ、女同士で、という点には何も言われないので」

「まあ、複雑ではあるがな」


 ジルの顔が引き締まり、父親の顔からギムレット家当主の顔になった。


「相手は神託の聖女。人の価値観など軽々と超えていかれる方だと思っているよ」

「なるほど。その理屈、他の方にも通用しそうですね」

「だろう? それに、だ」


 ジルがニヤリと笑う。


「ただの友達より元恋人の方が、ツテとしては強力ではないかな?」

「確かに」

「神託の聖女に愛された魔女。箔付としてこれほど強力なものもあるまいしな」

「これはこれは……おみそれいたしました」


 目を見張ったミズハが恭しく一礼した。「よせよせ」と笑いつつ、ジルはギムレット家当主としてミズハに命ずる。


「きちんと別れられるよう、せいぜい美しい思い出作りに協力してやれ」

「かしこまりました」

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