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16.アラディブ導師

 ワイアットの寝室を出たセシルは、メイドに「ベロニカ商会へ行く」と言い残し家を出た。


「ふん。やっとここまできたな」


 胸ポケットに挿した青い軸の万年筆を手に取り、セシルは器用に手の中で回した。


 たまたまそこにいたから。

 そんな理由で外遊に来ていたアンドルゴ王の一夜の相手をさせられた母。その一夜で母はセシルを身ごもり出産したものの、当然のことながらアンドルゴ王は認知しなかった。

 王の愛妾になり損ねた没落貴族の娘は、欲しくもなかった子供をあっさり捨てた。

 気のいい町医者が助けてくれなければ、セシルはそこで死んでいただろう。


「まったく、ひどい世界だ」


 そうつぶやくセシルの顔は、だが笑っていた。

 くるり、くるりと万年筆を回し、クックックッ、と喉の奥で笑う。


「さすがは僕が生んだ世界、だね」


 セシルは万年筆のキャップを取ると、くるり、と一回転させた。


 ザアァァァッ、と世界が回る。


 今何が起こっているのか、それ知っているのはセシルだけ。

 誰も知らぬままに世界が変わる、まさに神の力。


 拾って育ててくれた町医者の技術全てを会得し。

 産みの母を探し出しアンドルゴ王の子であることを証明させ。

 庶子とは言え、世界最大の覇権国家アンドルゴの王の子と認めさせる。


 この力があれば、そんなことすら容易かった。


「さて、仕上げと行くか」


 万年筆にキャップをしてポケットに挿しなおすと、セシルはフードを目深にかぶり足早に大通りを進んだ。

 途中で裏道に入り、入り組んだ道を迷うことなく進んで行く。

 やがてセシルの行く手に一軒の古い屋敷が見えた。

 周囲に目配せし誰もいないことを確認すると、セシルは素早く屋敷に入った。


「こんにちは」


 玄関ホールに黒装束の男がいた。アンドルゴ王国から派遣された、諜報員の男だ。


「お客様は?」

「あちらに」


 屋敷の奥から甘ったるい香りが流れてくる。セシルは首に巻いていたスカーフで口を塞ぎ、香りが流れてくる元の部屋へ足を踏み入れた。


「あーあ、すっかりハマっちゃって」


 古い屋敷に似合わぬ、豪奢な調度品で埋まった部屋だった。部屋の大半を占める天蓋付きのベッドには、だらしない顔をした中年の男が座り、苦しそうに頭を抱えていた。


「ご機嫌はいかがですか、アラディブ導師」


 セシルの呼びかけに、男は曇った目を向けた。


「き、さま……」

「ご利用はほどほどに、と注意しましたよ?」


 テーブルの上に置かれていた薬瓶を手に取り、セシルは肩をすくめる。一か月分はあったはずだが、たった五日で半減していた。


「厳しい修行をクリアした導師様でも、我慢できませんでしたか」

「貴様が……貴様が、無理矢理……」

「やだなあ、お疲れだというから滋養強壮にと差し上げただけですよ。育ての親が教えてくれた秘伝の薬です。なかなかにキクでしょ?」

「お……のれ……」

「でも、ちょっと中毒性が強すぎるみたいですね。また兄上で実験しますかね」


 ワイアットはなぜか薬物に対する耐性が強い。お陰で、実験台として重宝していた。


「貴様……何が、したい……」

「ちょっとレクスを追い詰めようと思いまして」

「なに……?」

「国を代表する大使が、他国のご令嬢を慰み者にしたなんて醜聞、広まれば国家の危機ですよね? 宗教国家レクスなら、なおさらです」


 セシルはにこやかな笑みを浮かべる。


「それも、国家元首にも等しい聖女様がおわすすぐそばで」


 憎々しげな顔になった男が、セシルを捕まえようと腕を伸ばした。

 それを、ひょい、とかわしてセシルはケラケラ笑う。


「国土を侵されている腹いせに、アンドルゴの第二王子に濡れ衣を着せようと、レクスの導師が暗躍していた。そんなシナリオはどうでしょう?」

「ふざけた……ことを……そんなもの……」

「信じてもらえない、ですか? それはシナリオ次第ですよ。僕、お話作るの得意なんです」

「ぐ……うう……」


 男が頭を抱え、苦しそうにうめいた。セシルは男に近づき、そっと男に耳打ちする。


「少なくとも、あなたは罪もない女性を慰み者にしました。これは事実です」

「お、おのれ……おのれえ……」

「これから僕が治療に出向きます。三日もあれば全快です。彼女の証言で兄は無実となり、あなたが犯人となりますよ」

「そこまでして……レクスが、ほしいか……」

「まあ、陛下や兄上はそうですけど。僕は違いますよ」

「なに……?」

「僕はね、この世界を正しいシナリオに戻したいんですよ」

「正しい……シナリオ?」

「今の世界は間違っている。本来はこうあるべきではない。まったく、どうしてこうなったんだか」

「貴様……神にでも、なった気か……」

「なった気か、ねえ」


 セシルは笑う。どこまでも澄んだ目で。


「気、じゃないですよ。僕はこの世界の神様です。白銀の聖女シヴァンシカは、僕が生み出したんですよ」

「ふ……不敬な……神罰が、くだるぞ……」

「どうぞどうぞ、やれるものなら、やってみてください」


 セシルは男から離れると、背負っていたリュックから新しい薬瓶を取り出した。


「これ、追加です。お好きなだけどうぞ。お相手の女性もすぐにお連れしますよ」

「い……いらん……捨てろ、それを……それを、私の目の前に置くな!」

「そう言わずに。もともとは、あなたの国の特産品ではないですか」

「おのれ、おのれ貴様!」

「では、残り少ない人生、思う存分お楽しみくださいね」


 セシルは嘲笑(あざわら)いながら部屋を出た。

 監視役の諜報員に後を頼み、フードをかぶって顔を隠してから屋敷を出る。


「さてと、まずはかわいそうなご令嬢を救って、兄に恩を売らなきゃね」


 それが済んだら、いよいよ直接対決だが。

 対決前に、敵情視察にでも行くとしよう。


 そんなことを考えながらセシルは大通りに戻り、軽やかな足取りでベロニカ商会へと向かった。

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