13.キス
「そっか、バレちゃってたんだ」
その日の夕食後、デザートタイム。
リンダからパーティーに招待されたこととその経緯を聞いて、ナズナは穏やかに笑った。
「まあ、そんな気はしてたけど」
「そうなの? 言ってよ」
「だって……シヴァは私と仲がいいこと、みんなに知られたくないみたいだったし」
「そ、そんなことは、ないのよ? ただね……」
「うん、わかってる」
ナズナが、ザクッ、と鋭い動きでアイスクリームにスプーンを刺した。
「わかってるけど……寂しかったのは事実」
ナズナは、はい、とアイスが乗ったスプーンをシヴァンシカに差し出した。
「味見、どうぞ」
「あ、うん……」
同じ味のアイスだけどなぁ、と思いつつ、やや目が座っているナズナが怖くて、シヴァンシカはパクリとスプーンをくわえた。
「おいしい?」
「うん」
ナズナが微笑み、シヴァンシカの口からスプーンを抜く。
そして、スッと体を寄せてきて、シヴァンシカと唇を重ねた。
「ふふ、チョコレート味のキスね」
「こ、こらナズナ。ミズハさんが戻ってきたら……」
「あの人、もう知ってるじゃない」
「そ、そうだけど……一応、釘刺されてるし……」
シヴァンシカがナズナと仲が悪いフリをしている理由は至極単純。
あまりにも仲が良すぎる二人に疑念を抱いたナズナの父親が、シヴァンシカを預かる役目を他家へ譲り、二人を引き離そうとしたからだ。
そうなっては大変と、シヴァンシカはナズナに協力を求め、外ではなるべく仲が悪いフリをすることにした。距離ができたことで関係がこじれて対立する羽目になったら、そこで破滅してしまうかもしれない。いずれ破滅するにしても、もう少しナズナと過ごしたい。そう思うと必死だった。
「バレちゃったのなら、もう仲が悪いフリしなくてもいいよね?」
「それ、大丈夫かなあ……何か言われない?」
「大丈夫よ、どうせあと一か月でシヴァは国に帰るんだし」
「あなたは残るじゃない」
「私は平気よ。むしろ見せつけたいくらい」
「そ、そうなの?」
「そもそも」
戸惑うシヴァンシカを、ナズナはまっすぐに見つめた。
「初めて会ったその日に、愛を囁いて私にキスをしたのは、だぁれ?」
「わ……私です……」
――それは、共和国に来て二日目のことだった。
早くナズナに会いたい、その一念で屋敷を抜け出し、ギムレット家の屋敷近くにある広場へと足を運んだ。
広場は、「ゲーム」の中でシヴァンシカがナズナと交流を深める重要な場所だった。
そこへ行けば会えるはずと、何の根拠もなく思っていた。だけど広場にナズナの姿はなく、シヴァンシカは落胆した。
「神様……どうかナズナに会わせてください」
シヴァンシカは大きな木の下に立ち、神に祈った。全身全霊の力を込めて祈り続け、気がついたときには一時間以上も経っていた。
「きれい……」
祈りに没頭するシヴァンシカの耳に、少女の声が届いた。
ゆっくりと目を開け、恐る恐る声の方を見ると、澄んだ青色のドレスを身にまとうナズナがそこにいた。
会えた。
ナズナに会えた。
心の底から歓喜した。さらに、少女だというのに想像していた通りの美しさ。シヴァンシカの中の『私』は舞い上がってしまい、シヴァンシカの意識を押しのけて前面に出た。
そしてナズナに駆け寄り、愛を囁いてキスをした――。
シヴァンシカにとっては夢の中の出来事みたいなものだが、取り消せないれっきとした事実。
意識を取り戻し、「何してくれたのよぉぉぉぉぉっ!」と頭を抱えたが、もうどうにもならなかった。
「口説き落としたらそれで終わり? シヴァは、釣った魚に餌をあげない人なのね」
「あの……人聞き悪いので、その表現はちょっと……」
「私、シヴァの言う通りにずっと我慢したんだからね。ちょっとぐらいわがまま聞いてよね」
「あーもう。わかった。わかったから!」
シヴァンシカはナズナを抱き締め、しっかりと唇を重ねた。
『私』の気持ちに引きずられているだけではと悩んだこともある。だけど七年という歳月を共にし、こんなにも一途に愛されて、『私』の気持ちに関係なくシヴァンシカはナズナを愛するようになっていた。
「大好きよ……ナズナ」
「うん」
ナズナは幸せそうに笑い、シヴァンシカの胸に頬をうずめた。
「ふふ……外でも仲良くできるの、六年ぶりね」
「そんなになるかな?」
仲が悪いフリを始めたのは、ナズナがちょうど魔法の才を目覚めさせた頃。「魔女」となったナズナを「聖女」であるシヴァンシカが忌避しているとすれば理由になる、なんて考えた事を覚えている。六年ぶりというのは間違いなさそうだ。
「そうよ。ホント寂しかったんだからね」
「ごめん、てば」
「あと一か月、いっぱい甘えさせてもらうからね」
「もう……わかったわよ」
シヴァンシカはナズナを抱き締める腕に力を込めた。
「思う存分、甘えてちょうだい」
「最後の一線も、超えちゃう?」
「そ……それはどうかなー。私、一応聖職者なんだけど」
「そうだったね」
廊下から足音が近づいてくるのが聞こえた。ミズハが戻って来たらしい。二人はもう一度だけ唇を重ねてから、急いで離れ椅子に座り直した。
器の中のチョコレートアイスはすっかり融けていて、見とがめたミズハに言い訳するのが大変だった。




