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11.北の才女

 その日、授業は午前中だけだった。

 スコーンとミルクだけの簡単な昼食を済ませると、シヴァンシカは図書館へ行き、庭に面した席で例のノートを開いていた。


 「イベント」の発生を知らせる夢を見た。


 『私』からシヴァンシカへの警告なのだろう、新しい「イベント」が始まるタイミングで、必ず『私』の夢を見る。

 だが、大きな「イベント」なのか小さな「イベント」なのか、それがよくわからない。

 『私』の記憶は断片的で、時系列もバラバラに蘇る。「イベント」の全体像を知りたければ、記憶をジグソーパズルのようにつなぎ合わせなければならない。

 これが、けっこう難しい。


「卒業まで一か月切ったし……」


 すでに「ゲーム」は最終盤、ほとんどの「イベント」を「スキップ」した状態で、「フラグ」はまったく立っていないはず。ここから先は「フラグ」回収のイベントしかないはずだから、おそらく大きな「イベント」ではないはず。


 だが油断はできない。


 なにせ共和国ルートの大前提である、ナズナとワイアットの婚約がなくなっている。『私』の記憶にある事件や事故が起きても意味合いが違うということも度々あり、どこでどんな「フラグ」が立っているかわからないのだ。


「もうちょっとわかりやすい警告だといいのに」


 ふう、とため息をついたのち、シヴァンシカはノートを一度閉じ、最後の方のページを開き直した。

 そこに描かれているのは、シヴァンシカが描いた落書き。

 ナズナをはじめ、出会った人たちの似顔絵を始めとするイラストだった。


「何度見ても、きれいな絵よね……」


 夢の中で見た一枚の絵を思い浮かべ、シヴァンシカはため息をつく。

 まごうことなきナズナの絵であり、『私』が狂おしいほどの嫉妬と愛を感じたもの。あの絵を夢で見るたびに、シヴァンシカの心は乱れた。


 すっ、とペンを動かした。

 アタリをつけ、輪郭を描く。さらさらと線を入れていき、やがてかわいらしいナズナの似顔絵ができあがる。


「……この程度なら、すぐ描けるのになあ」


 それは『私』が描いていたナズナにそっくりで。

 夢の中で見た、美しいナズナには遠く及ばないものだ。


「あれは誰が描いた絵なんだろう」


 シヴァンシカはペンを置き、深いため息をついてうなだれた。


「シヴァンシカ様」


 そんなシヴァンシカに、遠慮がちに声をかけてくる者がいた。

 顔を上げて振り向くと、すっきりとした大人の装いの女性が、怪訝な表情を浮かべて立っていた。

 北のスウェン王国からの留学生、リンダだ。


「どうされましたの、そんな難しい顔をして……ひょっとして再追試とか?」

「そんなもの受けません!」

「あら失礼いたしました。悲壮な顔をしていらっしゃるから、てっきり……」

「ホント失礼ですね。追試は先週ちゃんとクリアしてます!」

「……追試にはなったのですね」


 あきれた表情を浮かべて、リンダは隣の椅子に腰を下ろした。

 豪奢な金髪がふわりと揺れて、柑橘系のさわやかな香りが漂ってきた。

 この香り好きだなと思いつつ視線を向けると、ややつり上がったリンダの目が、まっすぐにシヴァンシカをとらえていた。


「それで、結果は全部返ってきましたの?」

「あ……あと一教科、まだですけど……」

「ということは、退学になる聖女様が拝める可能性は、まだ残ってますのね」

「……ケンカ売っていらっしゃるのでしたら、買いますけど?」

「あらあら聖女様ともあろう方が、粗暴ですこと」


 二人の視線がぶつかり合い、火花が散った。

 だが、それは一瞬のことで。

 二人は同時に笑い出し、肩を揺らした。


「ふふ……シヴァンシカ様とこうして言い合うのも、もうじき終わりですのね」

「そうね」


 入学以来、何かとシヴァンシカに張り合ってきたリンダ。

 彼女が入学した時点ではシヴァンシカは上級生で、接点はあまりなかった。それなのに、出会って二日目に呼び出され、宣戦布告をされてしまった。

 何かしたっけ、と困惑するシヴァンシカに、ナズナが笑いながら教えてくれた。


「気にしなくていいと思うよ。多分、ちょっとした嫉妬だから」


 リンダは美人である。だが、シヴァンシカの美貌の前ではかすんでしまう。

 リンダは子爵家ご令嬢である。だが、聖女という神に選ばれた立場には太刀打ちできない。

 リンダは秀才である。だが、シヴァンシカは飛び級して十三歳で留学してきた天才(当時)である。


 何事も常にトップだったリンダが、留学先で初めて敗北を味わった。それが悔しくてたまらなかった、ということらしい。

 ちなみに「ゲーム」では、リンダはシヴァンシカやナズナと張り合う秀才として出てくるが、あまりストーリーには絡まないチョイ役だ。


「楽しかったですわ、張り合えるライバルがいて」

「リンダ様のライバルは、私じゃなくてナズナ様でしょう?」


 毎度毎度の低空飛行、追試をまぬがれるのに必死のシヴァンシカとは違い、ナズナとリンダは常にトップ争いをしていた。真の天才・ナズナと張り合えるだけで、シヴァンシカにとってリンダは雲の上の存在。ライバル宣言されても、むず痒くて仕方ない。


「勉学に関してはそうですわね。まさかシヴァンシカ様と同級生になるとは思いませんでした。ご存知です? 二度留年して卒業までこぎつけた留学生は、シヴァンシカ様が初めてになるそうですよ」

「……不名誉な記録ですね」

「まあ、そこは自業自得ですわね」


 ふふふ、と笑うリンダ。おっしゃる通りなので、シヴァンシカは何も言い返せない。


「でも、人の価値は成績で決まるわけではありませんし。見習わないと、と思うところはたくさんありましたわ」

「あらそうですの? 例えば?」

「それは……ふふ、照れ臭いので内緒ということで」


 リンダは大人の笑みを浮かべた。ひょっとしてごまかされたのだろうかと思ったが――まあいいか、とシヴァンシカは肩をすくめるだけにした。

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